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鬼ごっこ


 鬼ごっこするもの寄っといで
 十数えるうちに寄っといで
 ひとぉつ、ふたぁつ…………

 いつもの古い神社の御社の前で私は人差し指を立てた。お盆で母の田舎に久し振りに帰ってきたのだった。私の言葉にすぐに遊び相手の子供達が集まる。ちょっとずつ大きくなった友達達だ。
 わあ、ヨウちゃん帰ってきたとね。
遊ぼう遊ぼう、鬼ごっこだぁ
次々に人差し指の上に手が重なっていく。屈託の無いみんなの笑顔の向こう、少し離れた神木の下に浴衣を着た子が立っているのが見えた。見た事が無い。小さな帽子を被っている、目立たない顔の子だ。
鬼決めよう。ジャンケンでええが。いくよー、ジャンケ――― 
ちょっと待って、あの子も入れよう
私は鬼決めのジャンケンを待たせ、その子の傍に行った。数人の子も一緒に続く。
 あんたもやらん?
少し驚いたように目をちょっと大きくするとその子は恥ずかしそうに言った。
 …入れて……
皆んなのところの戻る時、従弟のタケ坊がその子に話しかけた。
 あんた、どこの子?俺、初めて会うたよ
その子は何も言わずにただ、はにかんだ様に微笑みを浮べただけだった。
あぁ、きっとシマさんとこの子やわ。確か病気がちであんま外に出られなかったじゃろ?病気、治ったんね、よかったぁ
タケ坊の姉のミエがそう言った。それでも静かに笑っているだけだった。
 でも、無理したらいけんよ。
 辛かったら、隠れ鬼にしよな。
他にもわいわいとユタカやミキが言う。
 ええな、ガッコ行かんでよかんやろ?俺ビョ―キだったら
アホッとミエはタケ坊の頭をはたいた。 
良い音がする。その子は楽しそうに声をたてて笑った。
 おっし 集まった。じゃあジャンケンじゃ せーの ジャンケン
ポンで一回では決まらず、4回ほどした時その子だけが負けてしまった。
 いきなり鬼はかわいそう。私、代わったげる
ミエがそうでたが、ガキ大将のケンジがそれをとめた。
 なに言ってやがる。ええか?そげんこと言ったら、いちばんちっこいアツシはどうなる?皆んな平等に鬼じゃ
 でも、病み上がりなんよ。せめて今回

二人はとうとう口喧嘩を開始した。どちらも強情だから決着がつかない。
私達は、途方にくれた。
鬼で、ええよ
小さな声が、静寂を呼んだ。
鬼でええよ。慣れとるし、全員つかまえれば、次 鬼じゃないんよね。
その子が言った小さな声は、二人の耳にし
っかりと届き、鬼ごっこが開始された。
一、二、三、
その子が数え出すと同時に 皆走り出した。
まあ、もっともケンジは本気で、ミエは半
分の速度で走ったのだけれど。
十! 行くよー!!!
その子は走り出した。
いや、走り出したと言うよりも歩き出したのほうが近いかも知れない。
スッスッと交互に繰り出される足はとてもゆっくりだ。
しかし風に乗るかのように――速い。そして捉まえ方も独特だった。
どんなに一生懸命走っても風のようにフッと追いつき現れては「つかまえた!」と手に触れるのだった。
あまりにも手を抜いていたミエが一番につかまり、アツシ、ケイコ、ミカ、ユタカ、私、タケ坊、ナツキ、トウコ、タカシ、ユウタ、ユカ、ミキとあれよあれよと言う間に捉まってしまった。
残るはシュンペイと本気を出せば一番速いケンジだけだ。
しばらく、私はその子の走りを見ていた。
ぬぬぬぬぬぬ、負けるか!と力んで走ったケンジはいともあっさりと捉まった。
シュンペイも拍子抜けに捉まる。その様子は、まるで『風』のようだった。
つかまえた!
その子は皆を見回すとふふふと笑った。
速いなぁ、お前。俺の本気に着いてきた奴は今まで居んかったぞぅ
そうかなぁ
どうやって走りよんの?珍しかよ
秘密だよと顔を真っ赤にしながらその子は首をすくめた。
次にミエが鬼となったがそれは大変だった。
本気を出し切り疲れきったケンジは比較的に簡単に捉まえられたが、その子だけは、風に吹かれる綿毛のように上手く捕まえられなかったのだ。
私はかなり始めに捕まえられたため、やはりその子をじっと見ていたが(ケンジがそれをからかうのには閉口だッた)速いわけでなく遅いわけでもない。
何ともいえぬ速さで走りミエをキリキリ舞にしていた。
 うはぁ、かっこよかぁ…
誰かがそう言った。確かに、映画のワンシーンのようで格好良かった。
 もうダメ。お手上げやわ
ミエは肩で息をしながらヘタリと腰を降ろした。それでもその子は一つも息を切らさず笑いながら立っていた。その時祖母がスイカが切れたと呼びに来た。
 皆も、食べんさいね。15人分ちゃぁんとあるけん
15?
私は祖母のあとについて行く人数を数えた。
ケンジ・シュンペイ・ミキ・ユカ・ユウタ・タカシ・トウコ・ナツキ・タケ坊・ユタカ・ミカ・ケイコ・アツシ・ミエ……。そして、私と列に加わらなかったあの子だ。
 おかしいね、皆んなで16なのに。
 ええよ、慣れとるから、ヨウちゃん、行って来。ここで待っとるから、早よ帰って来てな。             
 じゃあ ヨウも食べん。君と一緒に皆んなを待つよ。            
私はそう申し出たがその子は首を横に振った。                
 今年のスイカ 甘いよ。良う出来とる、行って来。             
そう言って、何度言っても私が共に待つという事に、首を縦に振らなかった。  
 分かった、ちょっと、待っとてな。
私は、その子を残して祖母の家へ走り出した。
もう一切れ切ってもらって自分もスイカをもってその子と社で食べようと思ったのだ。               
 ばあちゃ、もう一切れ、おくれ。ヨウは神社で食べる。 
 いかん。ヨウはおなかをすぐにこわすから、一切れだ。
十六人を十五人と数えまちがえた、この祖母はどんなまちがえをしていてもめったになおすことはしない。
私は嘘をついた。
 社の神サマにそなえるんだ。
 そんならええよ。ぜったい、ヨウはたべちゃいかんよ。
二切れもらった私は社へもどった。他の子もあの子のことを思い出し、食べかけのスイカを持って、ついて来た。その子は驚いた顔で言った。
 わざわざありがとう。でも、ほんと よかったのに。
 そげ さみしか事に慣れたらあかんじゃ、 遠慮せず 食べ。
ケンジが私の手からスイカをひったくるとその子におしつけた。
 ありがとう、皆んなの気持ちで、もう腹一杯だぁ
 何、ませとんねと 笑いが起きた。  
その時、不意にトウコの高い声が響いた。
 だから あたい鬼嫌いなんよ
気がつけば女の子達で輪になって固まり話が、はずんでいた。
 何の話?
タカシが聞く。
 鬼の話、何で鬼ごっことか、隠れ鬼とか言うと思う?
 いんやぁ、知らん。
 ちっと考えたらどう?
 首の上の丸いのはスイカなん?ええか?鬼がいて他がにげるんよね。で つかまるやろ?そうするともう走れないってことは、食べられたと考えてみい。
ユカが誇らしそうに語る。確かにそうかも知れない。
隠れ鬼は、人が隠れとるよな。で それを鬼が見つけて食べちゃう、つまり、鬼って人を見れば食べちゃうこわいやつなんやね。
ミキが言う。
 だから あたい鬼きらいなんよ、食べられとうないもん。
トウコの言葉に女の子皆んなが賛成した。
 弱虫やな。俺なら反対に食べたるよ。
ケンジの言葉に 次々と男の子がいろいろ言いだす。
 俺なら縄で縛って見物小屋に、
 いやいや 俺なら皮をはいで、かぶりものにする―――
とうとう 社の森のせみよりも 大きな大合唱となった。
私はそういう恐い事は考えるのもいやだったから参加しなかった。
しかし、その子はだんだんと青ざめとうとうがたがたとふるえだした。
 皆んな、鬼嫌いか?
小さくとも透き通るその子の声で 皆んなの話し声がぴたりととまった。
 そりゃあな、悪さする奴は 悪か奴じゃないか。
 餓鬼に悪鬼 悪い夢言葉にあるじゃあないか。
 遊びはええが、本物はいやだ。
皆んな口々にそう言うのを聞くと丸い涙がその子の目から落ちた。
 ええ鬼じゃて、いるんよ。
小さな粒がますます大きくなる。声もほとんど本泣きになり 私達は、困惑した。
 ええ鬼じゃて、いるんよ。
強い風がゴウと吹いた時、その子の帽子が飛んだ。
 あぁっ、鬼じゃ――
誰かが叫んだ時、もっと強い風がうわんと皆の目を閉じさせ、目を開いた時にはもう その子はいなかった。 
 可哀想なこと しちゃったね――

夜の虫がセミの声とはまたちがう音で森を響かせだしていた。



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