ＱＵＥＳＴＩＯＮ ＬＯＶＥＲＳ ――Infection――
「どうしてあなたはあなたなのかしら？」
私の問に言葉にきょとんとしたあなた。
その綺麗な顔に、にっこりと笑顔を浮かべて私を抱きしめる。
「ぼくだからだよ」
「何で私は私なの？」
私の問に笑顔で首を傾げるあなた。
あなたのその綺麗な羽が青く青く輝くのを、私は見とれていた。
「君だからだよ」
その腕に抱かれていても、心の中は問で渦巻く。
「綺麗だよ、君は」
私の頬にそっと触れて、あなたは何回同じ言葉を口にしたのかしら？
「本当に綺麗だよ」
面白いわね、その言葉。
何度聞いてもくすぐったい。
でも私の何が綺麗なのかしら？
「私は一体なんのかしら？」
「君は君だよ」
「あなたは一体なんなのかしら？」
「君の恋人だよ」
「私の何処が好き？」
「全部好き」
「あなたは問わないのね」
「何も問う必要ないからね」
「私はあなたが好きなのかしら？」
ふわりと吹いた風に乗り、あなたと私は手をつなぐ。
何をしていても、何をしているのか誰も聞かない。
たとえば、空を見上げて空の果てを探していても。
たとえば、地面を掘って地面の突き当たりを探していても。
たとえば、星のそばまで飛んで、星を吊っている糸を探していても。
だから、秘密なの。
星を吊る糸は透明で、私の腕よりも細い糸だってことは秘密なの。
地面の突き当たりはあって、場所によってはその深さは違うけれど灰色だってことは秘密なの。
空の果ては裂け目があって、実はそこから先はまた広い広い場所が広がっているってことは秘密なの。
そう。
私だけの秘密。
空の果ての広い広い場所。
あれは一体何のかしら？
私はお弁当を作った。
羽をしごいて汚れを落とし、良く飛べるようにワックスを塗った。
私は旅に出るつもり。
空の果ての裂け目の向こう、広い広い場所に行くつもり。
あなたは、止めるかしら？
私は飛び立った。
誰も私を見ることはないし、あなたも私に問いかけなんかしないでしょう。
飛び立って、私は見た。
ぴかぴかと夜の星のように光るものが、広い広い場所にはそこかしこにあった。
星よりもずっと大きいけれど。
突然風が私を連れ去った。銀色の山が大きな音を立てる。
＜大変だ！ Ｌ-Ａ07193が逃げ出しているぞっ＞
あなたは私のこと、思い出してくれるかしら？
「チーフ」
女が、初老の男に声をかけた。
二人とも同じような金属光沢を持つ服を着ている。
「おお、ご苦労だった」
男の目の前には一つのびんが置かれた。
薄い黄色の液体で満たされ、中には人形のような物が入っていた。
蝶のような羽を小さな人形のつけた具合の姿をしていた。
「可哀想になぁ。Ｌ-Ａ07193が居なくなっては、Ｌ-Ａ07192も寂しかろうに」
「でしょうから、Ｌ-Ａ07193からＬ-Ａ07193-βを作って与えておきました。こちらとしてもＬ-Ａ07193はクローンであっても必要ですし」
何しろ大切なイレギュラーですからね、と女が笑う。
「全くだ。あの何も考えようとしない奴らは発展のしようがない。せっかくの生態系の頂点に立てるチャンスだと言うのに。それに比べ、Ｌ-Ａ07193は唯一脳味噌を使おうとした奴だからな。同じ雄といっしょになれば、クローンだって同じように育つかもしれない」
「どうしてぼくはぼくなんだろう……？」
青い羽の彼は帰ってきた恋人を抱きしめたままつぶやいた。
何処に発したとも分からない言葉。
彼女は不思議そうに彼の顔を見上げ、微笑みながら言った。
「あなただからよ」
Ｆｉｎ
