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小さな店


 それは、ほんの小さな店だった。
街の中心と言うべき商店街からは少し外れた通りにある。
売っているものもおとなたちの為に、というよりも子供向けのものばかりで、整然と置かれ輝くプラスティックで出来たイミテーションのなかに混じって芥子粒のようなダイヤが混じっていたりする。
「何にいたしましょう?」
 ピンクと白の縦縞のエプロンを閉めた丸眼鏡の主人が人なつこそうに笑顔を浮かべ尋ねてくる。
「ソフトクリームを一つください。チョコレェトとバニラの合わさったのを」
 分かりました、ただ今お作りしますので少々お待ちください、と主人は満面の笑みでホットオレンジをこちらによこした。備え付けのベンチの陣取り啜るホットオレンジは少し酸っぱく、少し甘く、喉尾を通り抜けるとわずかに苦みが残った。
「すいません。たこ焼き一つください」
 一体、どこから来たのか。
前歯の出っ張ったリスがちぃちぃと言った。
「はい、どうぞ」
 店の主人はリスから胡桃を受け取るとたこ焼きを一パック渡した。さぞ熱々なのであろう。湯気がほかほかと立っている。
リスは喜んでパックを抱えると来た道を戻っていった。
リスが、ね……などと呆れるのはまだ早く、ゴリラの親子がその黒い巨体を揺らしながらやってきた。
「何が欲しいの?」
 親のゴリラは店の扉を開きながら我が子に聞いた。
「いらっしゃいませ」と主人の声が彼らを出迎える。
「あのね、あの……」
 小さな子ゴリラは体を揺らして親を見た。
「あの、キラキラした指輪がほしいの」
 小さなゴリラの視線は、棚に輝くイミテーションリングに釘付けだった。
しかし、親ゴリラはそれを聞くなり首を横に振った。
「だめだめ。いつも無くしてしまうでしょう。お人形だって、汽車のおもちゃだって無くしてしまうんだもの。ちがうものにしなさい」
 親ゴリラは子ゴリラの手を引いて店から出ようとした。
「さあ、帰るよ」
「嫌だよ、指輪欲しいよ。キラキラしたあの指輪、欲しいよ」
 とうとう小さなゴリラは透き通った涙をぽろぽろと黒い顔の上にこぼして首を体ごと振り始めた。
「欲しいよう。欲しいよう」
 親ゴリラは困った顔をして我が子を抱きかかえた。気まずそうに店の主人に会釈をして去ろうとした。
「お待ちなさい」
 丸眼鏡の主人は優しく彼らを呼び止めた。
親に抱きかかえられた子ゴリラの顔をそっと両の手で包むとポケットから小さな瓶を取り出す。
「お嬢ちゃん、お片づけがきちんと出来るようになったら、またおいでね」
 泣き止んだ子ゴリラはその瓶を受け取った。
宝石のような色とりどりの飴をつめたその瓶から飴を一つ、エメラルド色のを取り出すとにっこり笑って頬張った。
「どうも、申し訳ありません。あの、おいくらになりますか?」
「いいえ、お代は結構ですよ。寒いのでお風邪をお召しになられませんように」
 ああ、そうか。今は冬なのだった。通りで寒いわけなのだ。
冷たい風が足下を通り過ぎていく。
ゴリラの親子は何度も何度も主人に振り返っては頭を下げ、主人も親子が見えなくなるまで見送りつつけた。
「もうしばらくお待ちくださいね」
「ええ、構いません」
 主人は手の中のすっかり空になったコップに、またあついオレンジを注いだ。
「ありがとう」
 主人はにっこり笑うとまた店の中へ戻っていった。


 様々な人間が通り過ぎていく。
こちらを振り向く事も無く店の前を影のように通過していく。
きっとここで鼻をほじっていても、服を脱いで逆立ちしてもだれもこちらを見ないだろう。
当然、寒風荒ぶ中、そんなことをするのは愚の骨頂というものだ。
そのかわり、店の隣の民家の塀によじ上って腰をかける事にする。
「ここかい。君の言ってた店は?」
「ええ、そうよ。どう、こぢんまりとしていて可愛いでしょう?」
 若々しい雄のライオンの横をほっそりとしなやかな狐が歩きながらこちらへ向かっていた。
「こんなお店、持ってみたいわ」
 うっとりしたように言う狐にライオンは少し間を置いて「そうだね」と相槌をうった。
「ねえ、鯛焼きを買いましょうよ。甘くて暖かくなるわ」
 しばらくメニュウを見ていた狐が、まだ一心不乱にメニュウを見ているライオンに話しかけた。キムチ入りのお好み焼きに未練があるのか、その文字に視線を送り続けながらライオンは頷く。
「いいね。いくつ買おうか?」
「あら、もちろん一つよ。二人で分けるからおいしいのよ」
「それもそうだ」
 ライオンは店の奥へ声をかけて主人を呼び出した。
「はい、お待たせしました」
主人は狐の願い通り、しっぽまでみっちりと餡の入った鯛焼きを彼らに渡した。
「まいどありがとうございます。またいらしてください」
 主人は幸せそうな二人の背を見送った。
「お客さん、今出来ましたよ。ソフトクリーム。お待たせして、誠に申し訳ございません」
「いや、待っているのは楽しかったから……。この店は、いろんな人が来るんだね」
 手にソフトクリームを受け取りながら聞いてみた。
「ええ。些細なものしか売っていませんから」
「でも、動物までが買いにくるとは思わなかったよ」
 店の主人はにっこり笑った。
「変ですか?」
「いや、変じゃない」
 僕はれっきとしたお金を払い、ソフトクリームを口にした。
冷たい風が、スカートから出た足を震え上がらせる。
「やっぱり、スカートは女の物だね」
「さようでございますか」
 ピンクと白の縞の雨避けの下、スカートをはいた僕と伊達眼鏡の主人は冷たい風が止むのを待っている。




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