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花の咲く木


私は花の咲く木を持っています。
白く明るい軽やかな花びらが開くという木です。
私はずっと木が花を咲かせるのを楽しみに、小さな苗から育ててきました。
とうとう蕾をつけた私の木。
その花は、黒絹に似た紅の花でした。
私は泣きました。
私は白い花が見たかったのに。
木が私を裏切った。

私は悔しくて悔しくて、紅の花を片端からちぎりました。
泣きながら、むしりました。
私の手の届かないところの花は、ハサミで枝ごと。
それなのに木は、次々と蕾をつけ、紅の花を咲かせます。
ああ、私は白い花が見たいのに。
こんなに悲しい紅の色。
軽やかな白い花びらは、お前のどこにも潜んじゃいないんだね。

私は目を閉じました。
寄り添ってきた木から背を離しました。
木に背を向け、私は言いました。
どうとでもするがいい。私はお前なんかもう知らない。
私は歩き出しました。
ざわざわと木が葉を擦り合わせましたが、振り向きませんでした。
木に虫がつき、木を齧る音を聞きましたが、振り向きませんでした。
風よけの網も、虫を取る薬も、もう木に与えるものは何もなかったからです。

私は木を探して歩きました。
私に白く明るい軽やかな花びらを見せてくれる木。
何本もの木を見てきました。
どれも素晴らしい木でした。
でも、どれも誰かのもので、どれも私のものではありませんでした。
私は寂しくて寂しくてたまらなくなりました。
気がつけば、大声を上げて泣いていました。
寂しいよう、私は寄りかかる木を持たない、苦しいよう。

私の脚は、私の捨てた木へと向かっていました。
もし、誰かのものになっていたらどうしよう。
不安でたまりませんでした。
こんな身勝手な私を、あの木は許す訳がない。
今までして上げていた風よけも、虫退治も、全部放棄した私ですから。

木は立っていました。
生い茂る緑の葉はるうるうと、日差しを浴びて一層しゃんとして立っていました。
紅の花も健在で、私は目を逸らしました。
お前、誰かのものになったかい?
私が尋ねると木はちがうと答えました。
自分は最後まで自分であるのだから、自分はあなたのものでしかない。

傷ついた幹はどれだけ耐えてきたのでしょう?
私がもぎとった花はあたり一面につもるほどだったはず。
お前、どうしたの、あの花は?
木は笑って答えました。
あなたが居なくなってから、どれほどの時間が経ったと思うのか。
花は土に帰り、また自分の所に戻ってきた。
そしてあなたも戻ってきた。
どれほどの時間が過ぎたか、あなたも自分も勘定していないのは面白いね。

私は木を抱きしめました。
ごめんなさい。
この言葉は声にならずに空気に解けました。
木はその空気を風にして、風は木の葉を揺らします。
はらり、と落ちてきたその花びら。
白く明るく軽やかな、美しい花びらでした。
時々は、こんな花びらもいいかもしれない。
木は笑って言いました。


私は花の咲く木を持っています。
黒絹に似た紅の花を咲かせる木です。
それも時々白い花をつけてくれるのです。
私がかつて白く明るく軽やかな花びらを欲したからでした。
もうそんなことしなくてもいい。私は紅の花も好きだから。
そういうと、木は澄まして言うのです。
たまには白い花も咲かせないと、いつもと同じじゃ肩が凝っていけないからね。
また木はぽぽんと白い花をつけるのです。
私はこの木が大好きですので、私はこの木の下に寝転びます。

紅と白、二つの花の甘い香りに包まれてほっとして眠るのです。


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