夢館 1
幼馴染み四人で構成された私達のパーティがやっと高原ホーンポッドの街に着いたのは宿屋と酒場くらいしか灯りを灯していない霧雨の夜だった。
とにかく、寒い。
厚手のマントを羽織っても、足元や隙間から氷の粒みたいに冷たい雨が体温を奪っていく。勝手に借りた民家の軒先でも、風向きによって役に立ったり立たなかったり。
「はっくしょいっ」
「大丈夫かい?ラピアス」
クシャミをした私に話し掛けたのはロディだ。盗賊だけど彼の薬に関する情熱は、リパ(我がパーティの誇る女盗賊)に対するそれよりは劣るものの凄まじい。
簡単にいえば。
リパは美しい。
金の髪に炎色の瞳と魅力の唇、妖艶なボディはほとんどの男性を虜にできるだろう。
問題はその盗賊に必要であるべき注意深さの欠如だ。
ねぇ、リパ。ロディが毎日リパの枕カバーを自分のと取り替えてる事、気がついてない。
というよりも、ロディのその行為がストーカーか・・・・。
それさえなければ、ロディは黒髪の好青年である。
「ん、大丈夫」
「無理しちゃ駄目だよ。それにしても、こんな天気じゃホント風邪ひくなぁ」
ロディも鼻をぐしぐしとこすった。
他の二人は目の前にある宿屋でそこの主人と話し合いをしている。
だって、ひどいんだよ、ここの宿。
ホーンポッドで開いている唯一の安宿なのに『亜人間お断り』だってさ。
私とロディがこの霧雨の中に立ってなくちゃいけないのは、このしょうも無い主人の意思のせいなのだ。
大体、『亜人間』なんていうのは人間がエルフやホビット、ドワーフ族に対してしている差別なのだよ。本当は『幻想人』って言うのが正しいのだ。それに、暴れるような困ったやつなんか、ほんの一握りなんだしさ。
ああ、もう腹が立ってきたぁっ!魔法で宿を壊してやろうかなっ!
「ラピアス、ラピアス。怒っちゃ駄目だよ。」
気がつかないうちに杖を構えていたようだ。
まぁ、無意識のうちに杖を構えられるようになったという事は魔法使いとして板についてきたって事なんだけど。
「ごめんね、ロディ。ロディまで外につきあわせちゃって。人間だから、中に入っていても怒られないんだよ」
「君だけを外に放り出すなんて出来ないよ。それに――――」
ロディ、あんたってばホント。イイ奴だわ。
もし、私がハーフエルフじゃなくて人間だったらこんな寒い思いを誰もしなくて良かったんだけど・・・・・・。
「交渉してるのがリパと『あの』リロイドだからね。見てるのが恐くって。今に分かると思うけど・・・ ・・・」
彼は、我がパーティ最強の剣士の名を口にし憎そうだった。
リロイドっていうのは外見がロディに双子のように似ている男だ。
違う所は漆黒の長髪、緑の鋭い瞳。ひょろっと高い背。それ以外はそっくりだ。
・・・・・・性格は、そうじゃないけど・・・・・・。
ダンっとすごい勢いで宿屋の扉が開かれ、二つの人影が飛び出してきた。
リパとリロイドだ。
と同時。
ピィイィィイイイィィィ ̄ ̄ッ
警備隊を呼ぶ為の警笛の甲高い夜をつんざく耳障りな音が・・・・・・宿屋から・・・・・・!
「逃げるぞ!!」
リロイドは暖かい手で私の冷えた腕を掴んで走り出した。
その速さは、私の足が地面につかないほど。
リパもロディも何も言わずリロイドのあとに続く。
・・・・・・何かやったな?
「ねぇ、何が起きたの!?」
「リロイドがね、主人の顔面に正拳突きを叩き込んでね――――」
とリパが布のように引っ張られ宙を浮いている私の横を走りながら言った。
「・・・・・・アイツが一歩も譲らねぇから、つい・・・・・・」
・・・・・・この男・・・・・・。
最後尾を走っていたロディは「ふぅ」と溜息をついた。
「ね、ラピアス。僕が何を恐れていたか、もう分かったろ?」
ええ、分かりましたとも。
警備隊は「とまれぇ」と何度も大声で叫んで住民の安眠妨害に勤しんでいる。
というよりも、私達が大人しく止まれば住民に迷惑を掛けないですむ訳だけど、私達がそんなことする訳ないじゃない。
そもそも、私とリパは家出同然(リパのお父さんは私の養父)。
警備隊なんかに捕まったら、連れ戻されてしまう。
それだけは絶対にイヤだ。
「おいっ。まくぞ!」
リロイドはスピードを上げた。リパ達も同じくスピードを上げる。
もし私が引っ張られていないで走っていたらもう置いてかれてるなぁ。
直線的な大通りを三人は疾走し警備隊を見る間に引き離す。
そして、小さな路地を曲がった。
急にスピードが落ちて私はようやく地面に足を下ろせる。
リロイドが止まったのだ。
「わぁっ」
「きゃっ」
「うはぁっ」
後から来た二人が、私にそれぞれぶつかる。
「痛ぁーい。どうして止まるのよ」
「くそっ・・・・・・。行き止まりだ」
舌打ちする。
さっきの大通りは警備隊の足音とその声によって起き出した住民の話し声で溢れ返り始めている。
「どうしよう・・・・・」
その時だ。
右の壁についていた窓に灯りが灯り開いた。
「こんな遅く、どうしたの?」
窓から顔を出したのは、優しそうな感じの緑色の目のおばさんだった。
「居たぞ!!」
でぇぇ!見つかったぁ!
ズカズカと屈強そうな警備隊員が警棒を持って近づいてくる。きっと外にはもっと大勢の人が囲んでいるだろう
「出て来い」
おじさん息が切れてる。
「こんなとこで――――」
リロイドが前に踊り出ようとしたが、「ちょっと何ですか!?」とおばさんの声がその動きを止めた。
「私の甥っ子が友達を連れて来ただけじゃないの! なんで警備隊が動くのよ」
「おばさん?」
「だが、こいつ等は『銀杏亭』のボマヌスを殴った奴等だぞ。
あんたのとこのなら、何故『銀杏亭』にいったんだ?」
「もう夜遅いだろぉ? 道も暗くてわかんねぇから、泊まろうとしたんだよ」
ナイス、リロイド! 丁度、あんたの目の色とおばさんの目の色が同系色だもんね!
「そうそう。お金も無かったからあそこに泊まろうとしたのに『ハーフエルフは駄目だ』なんて言うんだもの。
どんなに説得しても、その一点張りだから」
「殴ったのか?」
「えっと、それは・・・・・・」
リパが詰まった。
「こういう意味を込めてですよ、やだなぁ。『時として人間の方がタチ悪いぞ?』って」
ロディがフォロー。
「それで、前歯と犬歯、鼻の骨叩き折るのかい」
「あいや、そこまで酷かったか?」
おばさんはあっけに取られている。そりゃそうだ。
でも、ここですんなり認めたら、絶対捕まる!
「リ、リロイドは、友達思いなんです! 私が、そのハーフエルフなんですよぉ。
こんな私の事、かばってくれたんです!! 情状酌量の余地ありますよねぇ!?」
「そうよ!そんなちょっとの癇癪ぐらいこんな麗しい友情の前には必要よ!」
リパ、正気?
「うぅーん・・・・・・」
悩まないでよ、おじさん。
「つべこべ言わないで!この子らはあたしの甥っ子と友達なのよ。
身元引き受けもあたしがするわ。これでいいでしょう!」
おばさんも癇癪持ちのようだ。
なんか紙切れを警備隊員に突きつける。
お金・・・・・・じゃないね。
『味わいベィカリィー星屑屋サンドウィッチ半額券』
「・・・・・・ん。ん、二度とするんじゃないぞ、ボウズ」
おじさんはチケットを胸にしまい込むと「うぉーい。人違いだぁ」と振り返った。ざわざわと人々が戻って行った。
私達は唖然としながら、それを見送る。
それでいいの、警備隊!?
「これで、一件落着ね」
おばさんはニコニコしていった。
「うちに泊まっていきなさい。あなた達のこと、咄嗟に『甥っ子と友達』って言っちゃったんだけどいいわよね?
そこの背の高いあなたが、あたしの姉にそっくりだったのよ。
それに、あなた達みたいな若い子が警棒で痛めつけられるのも嫌いなのよね」
「あ、ありがとうございます!!」
一斉に頭を下げる私達を見ておばさんは笑いながら、マリィと名乗った(一応、『マリィおばさん』と呼ぶ事と、みんなで決定)。
中に通してくれ、暖かい暖炉とスープ、パンを御馳走してくれた。
おばさんの夫、ケンが砂糖を入れ暖めた赤ワインをそれぞれに手渡す。
そして、用意してくれた暖かいベッドに潜り込んだ時に気がついた。
リロイドにそっくりな『姉』だって!?
目が覚めた時、日はかなり高く上っていた。
寝過した!
と言っても、別に急いでやらなきゃいけない依頼なんて無い(依頼も無い)から、別に寝過している訳じゃないけど、やっぱりここは人の家。
おばさんの生活に合わせなきゃいけないよね。
私は慌てて服を着た。
この薄青のスカートと桃色の上着もおばさんが調達してくれた物らしい。
手紙が置いてあって、私の服とマントは洗濯屋に持って行った、と書かれていた。
本当に、至れり尽せりだなぁ。
それにしても頭がガンガンする。やっぱり、風邪を引いたかなぁ……。
木の階段を下りると、一階はおばさん達の寝室、居間に台所等という居住区。
どれも、清潔感が溢れている。
おいしそうな、焼きたてのパンの匂い。
焼きたてのパンを入れたバスケットがテーブルの上に置いてあった。
また、手紙がおいてある。
[おはよう、よく眠れた?何のおもてなしも出来ないけど、ゆっくりしていってね。
他の子達は、お店の方に居るわよ]
地図も入っていた。
そうか、ちょうどここの隣なんだ。
ちょっと、こういう心遣いって嬉しいよね。私も早く行こうっと!
パンは柔らかくて、ここの家の雰囲気を形にしたような感じだった。
こういう家庭、いいな・・・・・・。
「お。起きた。遅いぞ!今日から当分マリィの店でみんなでバイト―――うおっ! どうしたんだよ、ラピアス!
顔が真っ赤だぞ、大丈夫か?」
「あ、リロイド。おはよう」
「いや、おはようじゃなくって、本当に熱があるぞお前!
メシだって、二人前を置いて貰ったのに一人分も食ってねぇし!」
「食べる気がおきないんだよぉ」
「早く言え!」
私の額に手を置いたリロイドは、すぐさま飛び出してロディを呼びにいった。
すぐに駆けつけたマリィおばさんとロディは二人して私に「風邪が治るまで動くな」と言い付けた。
あげくの果てにはロディの診断に
「肺炎寸前」
とまで記され、せっかくの街で初っ端から踏んだり蹴ったりの私だった。
そしてその風邪は、治るまでに一週間以上かかったのだ。
「ねぇー。まだ起きちゃ駄目なの?」
熱も、咳もすっかり身を潜めて二日たった。
いい加減体を動かしたい!
外の声を集めて、聞いているだけなんてもう飽きた。
「もう今日からいいよ」
ロディが紙に私の状態を記しファイルに収めた。
主治医が仲間の中に居るのって、凄く楽だと思うな。
「やったぁ」
丁度、マリィおばさんがパンとスープを持って上がってきてくれた。
「あら?もう大丈夫なの?」
「はい!!どうも、長い事ありがとうございました!」
「いいのよ。『自分の子供がもし病気になったら』って言う練習になったし。
十七歳なのに、凄いわねぇ。この街の医者だったら、治すのにもっと時間掛けているわよ」
「ロディの医術は何処に出しても恥ずかしくないですから」
「僕を褒め殺してどうするんだい?」
「さあ、どうしようかねぇ。リロイドとリパも心配してたから、安心させてきなさい。
――――そうだ。回復祝いにハイキングに行ってらっしゃいな。
まだ街を全部見てないのでしょう? シィオン山に上れば街が全部見渡せるから。
ケンに言えばすぐにサンドウィッチの包みがもらえるわ。
……その前にロディは数分話に付き合って貰えるかしら?」
「はぁ。構わないですよ」
回復祝いに山登り? 大丈夫なのかと思ってしまうが、私は今体を動かしたい!
ってな訳でこのお誘いは私にとって丁度いいものだった。
ロディは適当に私がハイキングの為のお弁当をおじさんに頼んだ後やってきた。
「じゃあ、これだよ。シィオン山の隣のバラッザ山には、入らないように気をつけていきなさい」
「そこ、どうかしたんですか?」
「……前にあそこに家を構えた男がいてな。
悪魔学を研究していた奴で、極めつけ奴は身重だった妻を悪魔の捧げ物にしてしまった。
結局、国衛騎士団がバラッサに入って奴を捕まえ縛り首にしたんだが騎士団の数も、出てきた時には半数近くにもなってしまった。
それほどまでに、危険な山なのだ」
そして、と言葉を告げようとしたケンおじさんの顔はとても暗かった。
「その奴の妻、というのはマリィの二十も歳の離れた姉、アンナなんだよ。
リロイド君にそっくりだと言う……」
なんて言えばいいんだろ・・・・・・。何か心の中がもやもやしてきた。
「湿った事を話してしまったね。忘れてくれ。さあ、いってらっしゃい」
そう送り出された。
リパもロディも浮かない顔をしている。でも一番複雑なのはリロイドだろう。
おばさんは彼を見て、何を思ったんだろうか?
「俺、ちと剣取って来る」
そう言って、家に戻るとすぐに自分の長剣を持って戻ってきた。
服も、丈夫な冒険用に着替えてある。鎧とかはさすがに持っていかない。軽装だ。
「私も」
「あ、僕も」
私も戻って、杖を取った。
リパは握りの中にナイフの仕込んである鞭を。
ロディはダガ―と自作の薬などを入れた袋を。
そしてそれぞれが着替えた。
皆、そんな山には行くつもりはない。
いかに冒険者だからといって、情報を仕入れずしてダンジョンに入れるというのは、危険と言うものなのだ。
が、嫌な予感が一斉にした。
何かに囚われてしまうような、そんな嫌な感じが……。
「よしっ!気分入れ替えて行くわよ!」
実は、うちのパーティのリーダーはリパだ。
いつもはリロイドが代わりにやっているようなもんだって事。
「山かぁ。『金鉱に続く洞窟』とか、見つけられるといいわね〜」
リーダーうっとり。
「なんで金鉱だよ?」
「あら、あんた勉強不足ねぇ。ホーンポッドの主な生産物は地下鉱脈よ。
だからドワーフと小競り合いが続く為にこの前の宿屋みたいな事が起こるんじゃない」
へぇー。ホント。
彼女の金品に対する知識・情報は半端じゃない。
今更つくづく思ったよ。
「宝石鉱脈でもいいな」
「あれ?でもさ、原石は加工しなきゃリパの好きな宝石にはなんないよ?どうするの?」
「ラピちゃん、この私、その点に抜かりなんか無いわ。原石発掘がリロイド。
加工が、ラピちゃんで細工がロディ! 私はその細工のデザインね」
「俺等も使う気かよ……」
「何のための優男の馬鹿力よ」
「少なくとも、お前に宝石を掘り出してやる為じゃない」
「細工って、僕は図工が2だったんだけど……」
「ええ!?」
これにはさすがの彼女も驚いたようだ。そう。
彼は化学が10であっただけなんだ。爆弾とか作ったりするけど、ね。
別に、手先が器用だと言うわけじゃなかったんだ。
学校も同じだったんだからさ、忘れてちゃ駄目だよ。
「あああ……。私の野望もこれまでね……」
「何かセリフ違うぞ」
「ごめんよ、リパ」
少なくとも、こうやって私達は山登りに行ったのだ。