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夢館 2


 ロディの投げた自作の爆弾は人食い花の群れに炸裂した。
かなりの閃光と爆音は毒々しい色の花にしてはあっけない最期だった。
「ちっ……!一体ここはどうなってるんだよ!」
 リロイドの振るった剣は勢い良く鬼ゴブリンの首を跳ね飛ばし、返しで正確にその心臓部を薄汚れた皮の鎧ごと貫いた。
「道、間違えたのかしら?」
 さっき、ホーンポッドから山に向かう道は二股になっていた。
右は低めの山へ。左は高い山、つまりこの戦闘が繰り広げられている山へ。
どっちが正しいのか妖精が口を出してくれたんだけど……。
「さっきの、グレムリンだったのかな」
 私は杖に火球の魔法の種をともした。
グレムリンは嘘をつく。
妖精の姿をした悪魔だ、見分けがつきにくい。
妖精も嘘をつくけど、それはグレムリンの比にならない。
私は一体のゴブリンに狙いを定めると、火球の種に一気に魔力を注ぎ込んだ。
膨れ上がる炎。
「ファイア!」
 それが、私の声と共に杖から飛び出した。
一瞬にして、ゴブリンは燃え上がり消し炭になる。嫌な臭いがあたり一帯に充満した。
死んだゴブリンでくすぶっている炎は私の意思に従う。
リパが苦戦しているのは毒蛾だ。
大きさは私ほどもある。
この毒蛾は動物を毒で殺し死体を食い漁る。
そして、ごくたまに動物を踊り食いする奴だ。
今がそれらしい。
「毒蛾を燃やしなさい!」
 炎に命令を下す。
リパが咄嗟に伏せて出来た毒蛾への通り道に炎は火柱を上げて昇った。
「鱗粉を撒き散らさないように」
 リパの命令に炎は従った。
高熱で焼き切る。
私は炎を消すと二人を振り返った。
ちょうど、ロディがダガーで犬頭鬼コボルトの毛に覆われた首を切り裂き、リロイドが豚頭鬼オークを一刀両断した所だった。
いつ果てるともないと思ってしまった、この戦闘はやっと、私達の勝利と言う形でフィナーレを迎えた。
後に残ったのは、頭に当分憑いて離れないだろう、未だに慣れない慣れたくもない生臭い血の臭いと疲労と生傷。それと様々なモンスターの屍骸だけだった。
「みんな、手当てするから。ラピアス、悪いけど消毒酒を出してくれないか」
 ロディの言葉に私は近くに水場があるかどうか耳を澄ませた。
持ってきたのでは明らかに足りないから、水に魔法を掛けて消毒酒にするんだ。
かさかさと這い回る虫の音。
逃げ出したモンスターの息遣い。
風の音。
その中で、かなり近いけど弱弱しい水の音があった。
「あったよ。ちょっと待ってて」
「なるべく、早くに頼むよ。リロイドの右肩の傷が思ったより深いから」
 服を切って露出させたリロイドの右肩から二の腕の上のほうまでは、ドクドクと血を流して彼の大好きな緑色の服を遠慮なく染め上げている。
早く水を、消毒酒に変えなきゃ!
携帯用の片手鍋を持った私はさっき見つけた水音にむかって歩き出し、岩陰の水源を見つけた。
冷たい水をこんこんと噴きだしている小さな泉は小川となって流れていっている為に、虫もヒルも小エビも見当たらない。
他の動物の足跡があるから、毒の泉とも違うと思う。水の湧き上がっている場所から鍋で水を汲むと、鍋に手をかざした。
「消毒酒になってください」
 魔力を手から広範囲に出してみるが、いつもの反応はない。
白く輝いて、うっすらとした青色に染まらないのだ。
魔力が溶け込まない!
「ちょっと、緊急時なんだからぁ!!」
 私は何度も送ってみたが、反応しない。透明度が高い分、水の意識が強いらしいけど、皆が待ってるんだ。
これで、破傷風なんかになったら水の精霊王に殴りこみに行ってやる!
「・・・・・おねぇちゃん、どうしたの?」
「わぁっ!だ、誰!?」
 振り返ると、ちょっと現実離れをしたような子供が立っていた。
服装も右目の下に泣きぼくろのある顔立ちも可愛い事は可愛いが、性別の見分けがつかない。
ここに、住んでいるんだろうか?今はまだ、太陽が昇っている。
アンデットの類じゃないと思う。
「どうしたの?お水、そのままで飲めるよ」
「ねえ、消毒酒なんて持ってない?おねぇちゃんの友達が、今大変なんだ」
「おうちにならあるよ。おねぇちゃん達、ついて来てね」
 その子はそう言ったついでにジョシィと名乗ると、歩き出そうとした。
「ありがとう。でも、待って!すぐにつれて来るから」
 私は皆の所に戻るとジョシィの事を簡単に話した。
「何か怪しいけど、行くしかないわね」
「うん。山の天気はどうなるか分からないし、空気の匂いが変わった。
そろそろ一雨来そうだよ」
 ロディは、リロイドの傷を包帯で縛ると、出していた薬を袋の中に放った。
カチャカチャとガラス瓶が触れ合って音を出す。
「行こう」
泉の所には、まだあの子が待っていてくれた。


「ここだよ」
 ジョシィが案内してくれたのは、少し小さめの豪邸だった。
庭には小さなと言ってもやはり広い菜園まである。
「うっひゃぁー」
 圧巻。
それよりも、こんなモンスターが多い所に家を建てたりなんかしちゃって、大丈夫なんだろうか?
「ジョシィ、あの菜園とかってモンスターとか来ないの?」
「? モンスターって?」
「うぅん。何でも無いよ。ごめんね」
来ないのか……。中に案内された。
「お家の人に言わなくていいの?怒られたりしない?」
「なんで?何で怒られるの?」
「『薄汚れた、冒険者を中に入れたりなんかして』って」
「だいじょーぶだよ。ここには、ボクしか居ないんだもん」
「え?」
「はい、『しょおどくしゅ』」
「あ、ありがとう」
 ロディは赤いビンに入った消毒酒を受け取ると、私達の手当てを始めた。
それを、ジョシィはニコニコと眺めている。
「いっっってぇぇぇぇ!」
「騒ぐなよ。いい年して」
「いや、でもお前。剥き出しの筋肉にコレかけられてみろ、死ぬほどいてぇって――うっひょおぉぉぉぉぉ」
「はいはいはいはい。ほら縫合するぞ。ったく……。十七にもなって……。筋肉が千切れてなくて良かったな。ごめんリパ、ランタンとって」
 リパはロディの袋からランタンを取り出して、火をつけようとした。
カチッカチッと火打石を閃かすが、つかない。
「やだ。ロディ、湿気させたの?」
「そんな訳は……」
 リパは自分の腰に下げていたカンテラに火をつけようとした。
つかない。
「うっそ、私まで?」
「しょうがない。細菌が入るかもしれないけど、熱消毒無しで、縫合――――」
「やめろ」
 ボグッ
リロイドが、本気でやろうとしたロディを殴った音だけど、凄い音だ。
「ボクのカンテラ、貸すよ」
 ジョシィが戸棚を開け、精一杯手を伸ばして少し古めかしいランタンを手に取った。
「はい」
「ごめんね、わざわざ」
 私が火打石をこするとすぐにパッと赤々とした火が軸に燃えた。
……このランタン、十五年前に製造された奴だ……。
たしか、7年ぐらい前に会社が倒産してもう生産されなくなったヤツだ。
随分物持ちのいい家庭だな。
ランタンは、どんなに丁寧に使っても二年、使わなくても四年に一回は買い換えなくてはいけないのに……。
「ラピアス。見てないでちゃっちゃとロディに渡して欲しいんだがな。
俺が、貧血で死にそ―でね」
「ごめんごめん」
 ロディが縫合針を炙って居る時、誰かが言った。
「あ。雨だ……」
ざぁ―――――と降る大粒の雨は雷を呼んでくる。
「その髪の長いお兄ちゃんの怪我もたいへんそうだし。
山を降りるのは危険だよ。泊まっていってよ」
 私達は、そのジョシィの子供らしくない言葉に顔を見合わせた。
が、正論のその一言で、その晩は泊まっていく事になった。
夕飯が出された。
子牛の肉のシチュ―。
席が決められていて、そこに座った。
ジョシィが、名札を作ったのだろうか? 名前の、スペルが違う。
『Rapias』が『Lapius』になってる。
リパたちのも『R』が『L』になってどこかしら、一文字違っていた。
あとでスペルを教えてあげようかな。
料理の味はとてもいい。
「これ、作ったのは誰なんだ?さっきから見てても、女中だのコックだのの顔を見てねーし」
「あはは。秘密のコックさんだよ」
 大テーブルを挟んで、私の隣にジョシィ、それから順にリパ、ロディ、リロイドだ。つまり、私のもう片方の隣にはリロイドが座っている。
「ほう。会ってみてぇもんだな」
「無理だよ。コックさんには会わないで。えっと、あのおじさん、恥ずかしがり屋なんだよ」
「わかったよ。安心しな。問題が無ければ会わねーから」
『問題が無ければ会わない』?『会わないで』?
へんな会話。

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