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夢館 3


 寝室も一人一人にあてがわれた。どれも、ふかふかとしたベッドに清潔なシーツ。
こぢんまりとはしているけど、お養父さんのところに居た時並の豪華さだ。
でも、寝ろと言われても、こんな血にまみれた服じゃ悪いよねぇ……。
服を脱いで寝ようとした時、ドアがノックされた。しかも「誰?」と言う前に返事がきた。
「俺だ。入るぞ」
「リ、リロイド!『どうぞ』とも何とも言ってないのに入ってこないでよ!! 服脱いでたんだからぁっ」
「別にえぐれ胸のお前の裸なんか興味無い」
 きぃいいっ! 腹立つ!
「落ち着け。話があるんだって。お前、今日昼飯食ったか?」
「え? お昼? うぅん。食べてないよ。
…あれ? お腹の空き具合が夕飯食べた時はお昼の時間と一緒だったなぁ」
「そうだよな。もし、お前が昼飯抜いたら夕飯になるまでにはぶっ倒れてるはずだろ」
「でも、お昼はモンスターとの遭遇―――」
「いかなモンスターと遭遇していても、お前だったらポケットの飴だのなんだの携帯食を食ってるはずだ」
「……うん。食べてない……」
「じゃあ、どういうことだと思ってんだ?」
「時間の進み方がおかしい、って事?」
「日常を良く考えてみようぜ。旅に出てない状態として、眠いか?」
「全然。むしろこれから遊び回りたい時間だよ。午後の元気、っていうの? あれの気持ち」
「明日。試しに山を降りる」
「ねぇ、時間の進み方が、早いって事かな?」
「逆だ。ここの一時間が、町での三時間、下手したら、一年かも知れねえ。俺等は、体内時計を狂わされたのさ。それが、俺とロディの出した結論」
「……」
「じゃ。邪魔したな。とりあえず、ここの時間の流れに慣れるんだ。
そういや、ここって俺の部屋と同じ作りなんだな。お休み」
「う、うん。……お休み」
リロイドはパタンと後ろ手でドアを閉めた。
私はベッドに入り窓の外を見ながら時間の流れと体内時計について考えていた。
外は相変らず風と、雨と雷でひどい事になっている。
「考えが上手くまとまらないや・・・・・・・」
「エルフのお姉ちゃん、起きてる?」
「ジョシィ? どうしたの?」
ドアを開けると、やっぱりジョシィが立っていた。
大きなクマのヌイグルミを抱いている。
「雷が怖いの。一緒に寝ていい?」
「うん、いいよ」
わたしはカーテンを閉めた。
カンテラの灯りだけが、部屋の中を照らしている。
「おやすみ」
「おやすみなさぁい」
目を閉じるジョシィが眩しくないようにランタンの灯を絞って小さくした。
静かに、私の横で目を閉じている。
ジョシィは、素直でいい子だ。
もし、明日町に戻る時はこの子も連れて行こう。
そう思って、私はまぶたを閉じた。


「う、ぐゥうう……うう……。何、だ・・…きさ・…ま……」
「ジョシィ!?」
 変な声が耳元から聞えてきて、私は飛び起きた。
「・…ん・・・・・?どう、したの…お姉ちゃん?」
「ごめん、寝てていいよ。ちょっと、寝ぼけちゃったみたい」
もう一度目をつぶってみたが、さっきの声が頭から離れない。
眼を開けて闇の中を見ていると、視界に赤いシミのような物が見えた。
目を凝らす。
それは、分裂したり、伸びたり曲がったりと運動していた。
まさか、モンスター?!
手先に魔力が集まっていくのを感じながら、それを見詰めていた。
文字だ。
「一番近くに来た者
私の身代わり
私は解放される」
 何それ!
なんか、怖いよぉ!
私は、ガタガタと震えていた。
『朝』まで、ずっと。


「おはよう」
「よぉ」
いつもの挨拶。
でも、みんないつもの顔色じゃなかった。私はすっごい目の下にクマ。
リパは寝不足でいらいらしてる。
ロディは顔にでっかい青黒い痣。
この痣は誰かに殴られた時に出来るヤツだけど、リロイドじゃないな。
アイツは友達の顔殴るほど外道じゃない。
で、リロイドは目の下にクマプラス首に青黒い、人の手形の痣。
「どうしたの、みんな!特に、リロイド!」
「私はベッドに寝てたら、隣に人の寝息がしたのよ」
「もしかして、リパそれの顔のあるトコ殴った?」
「ええ」
顔に、殴られたような――――ロディ?
「僕は何もしてないよ。寝てたら、誰かに顔を殴られたんだ」
「どうだか」
「そういうリロイドはどうしたんだよ」
「寝ようとしたら体が重くなって、もがいてたら、首締められた。
誰かが何か言ったら止まったがな」
「もしかして、ある程度うめいた後『何だ、貴様』って言った?」
「言った」
リパとロディのケースから考えたら、私が聞いたあのうめき声はリロイドのだ! 
じゃあ、私の横に寝てたジョシィがリロイドに干渉したって事!?
「ねぇ、みんな赤い文字見た? 
『一番近づいた者/私の身代わり/私を解放する』って書いてあったヤツ!」
「いやぁ、見てないけど」
「ごめんなさい、見てないわ」
「声なら聞いた。『さあ、来い。来させるんだ』とな」
 リロイドが、一番近いって事……?
「あ―、気味悪りぃ。ちと、防具も何も無いなんざ分が悪りぃな。取りにマリィの家に戻ろうぜ」
「行っちゃうの……?寂しいな……」
 ジョシィの顔が曇った。
「そういえばジョシィがここに住んでて、何もなかったの?」
 コクンと頷く。
「ちゃんと、戻ってくるよ」
「いっつもだ! いっつも大人はそう言って……約束を…破るんだ……」
「おねぇちゃんたち、まだ子供よ。君より背も年齢も大きいけど。
まだ、心はジョシィと同じ子供の心を持っているつもりよ」
 泣いていたジョシィは泣くのをやめてリパを見詰めていた。
「だから、固い固い子供同士の約束。戻ってくるわ」
「うん……」
 リパは皆で買った色違いでお揃いの腕輪をジョシィに渡した。
「これは私の大事なもの。預けるわ。
必ず、取りに来なきゃいけないものなのよ。これで、大人の約束も、成立ね」
リパはにっこりと微笑んだ。ジョシィは顔を赤くする。
……後ろで嫉妬の焔をまとっているロディが怖いんですけど・…。


 その、別れから一時間たった今も、私達は山を下っていた。
登るのがほんの二時間くらいだったのに、まだ、麓に降りれない。
「そうだ。ラピアス、ケンおじさんからもらったサンドウィッチ、開けてみてよ。
フレッシュ・サンドなはずだから」
銀の包みに入れたサンドウィッチ。
体内時計が狂わされていないはコレだけのはず。
となると、時間の流れが正確なら、ほんの少し萎びちゃったレタスが、パンの間から顔を覗かせているはず。
開けてみた。
「なにこれ!?」
 グチョグチョに腐ってすっごい臭いのするドロドロなものが入ってた。サンド、ウィッチ……?
「四から五ヶ月ぐらい、かな」
 何故分かる、リロイド!?
「や、兄貴が俺のベッドの下に食いもん隠す癖あってな。
それがすっげぇ臭くってさ―――俺はそんな事しねえからな!」
 こいつの家庭は十五人兄弟。しょうがない事なんだけどね。人それぞれって事で。
「一晩でそれって大変じゃない! 走るわよっ」
 いつも通り、リロイドが私を引っ張り、すごい勢いで走っていく。
本当にこの三人は化物並のスピードだと思う。
しかも、何処となく獣道からですら外れ、山を直線的に下っていっている。
すぐに麓の、平らな大地だ。
「やった……! ……えええっ」
「って、ちょっと待ってくれよ!僕らは降りたんだよ!」
「どうなってんだ……!」
 目の前に広がっていた平らな大地。そこは、ジョシィの豪邸の裏庭だった。


「どうなってんだよ……。
 どうして、三方向に分かれて山を降りたのに、全員ここに戻ってくんだよ……!」
今度は、初っ端から三つのグループに分かれ、それぞれの方角を下って、街に下りる計画だったんだ。
誰か一人でも辿り着ければ、皆の分の防具を持ってこられるからね。
結果、みんな最初出て行った方角とは違う方角から戻ってきたのだ。
例えば豪邸東から出発したら豪邸西に出てくるという現象が起きた。
「帰ってきたの!?」
 ジョシィが目を輝かせながらリパの腕輪を持って走ってきた。
「……まぁな」
「わぁいっ!お兄ちゃんたちイイ人だ!」
「でも、悪りぃけど、もっかい行ってこなきゃいけねーんだ」
「そんなぁ……」
 ぎゅうッと腕輪を握り締めるのが分かった。
「よし、行くぞ!」
 一番息の荒いリロイドにロディは薬を渡す。特製の増血剤だろう。
私を連れて走るのはきついに決まってる。モンスターだって蹴散らしてきたのだ。
「ジョシィ。返すからさ、木炭、貸してくれ」
「ちゃんと返してね。約束だよ」
「ああ」
 リロイドがそう言った時ビキィッと何かが縮まったような音がした。
胸が、もやもやしてくる。木炭を受け取ると、もう一度、その音がした。
他の人は気付いてないんだろうか?
森に印をつけながら歩く作業が始まった。
「二百、四十五、二百四十、ぅえ〜っと」
「六。私が代わろうか?」
「う――――う」
「まったくもぉ」
 もう皆へとへとだ。リパが二百四十七本目に木炭を押し付けた時だった。
風が吹いた。悪魔の魔法を含んだ、風が……。
そこから、また二百四十七本目の木を数えあげた時。豪邸に戻ってしまったのだ。

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