夢館 4
「おかえりィ。ご飯できてるよ。今日はジンギスカンだって」
「ほら、木炭。小さくなっちまったが、気にすんな」
「ありがとう! はい、お姉ちゃんの腕輪」
「まぁ。ちゃんと取っておいてくれたのね! ありがとう」
「ジョシィ。寝室の事で、頼みがあるんだ。二人二人にしてくれないかい?
今朝みたいな事があると、やだしね」
「でも、部屋が……」
「大丈夫。あの大きさのベッドは二人でも十分に寝られるよ」
「うん。わかった」
ジョシィはネームプレートを取替えに行った。ロディがこっそり来て耳打ちをする。
「食事が終わったら、すぐに寝ること。コレを飲んでからね。
即効性の疲労回復の栄養剤だから。
ジョシィが君らの部屋に行く前に僕等が迎えに行く。この館が怪しすぎるんだ」
「ご飯だよ」
食事の時間が来た。やはり、間違っているスペルのネームプレートで席が決められていた。
「リパぁ。どうなってるんだろうね、ここ」
「あのコ、随分と色々隠してるわ。
食堂の壁で一箇所、布を掛けてあるところがあったのに気がついたかしら?」
「ああ、ジョシィの座ってた所の」
「昨日ね、『コレなあに?』と布を軽く引っ張ってみたのよ。凄い剣幕で、『触らないで』って」
「うーん」
「それとか不自然な所に置物、全部禍禍しい美しさだわ。
人の立像、壁に掛けられている絵。怪しいのよね・・…」
リパに、注意深さが足りないと言うのは、前言撤回としておこう。
彼女は立派な盗賊だ。リパも眠くなってきたようだ。そして、わたしも彼女も寝入ってしまった。
「ほりゃ、行くぞ」
その声で目が覚めた。
「うん。まず何処から?」
「食堂だ」
カンテラに照らされて見えたリロイドの緑の目は、しっかりと自分の剣の柄に注がれていた。
「ロディは? あ、リパも起こさなきゃ」
「ロディの奴の事はあまり見ないように」
「『姫様に目覚めの―――』とかやって、リパに殴られたから」
「……」
リパを揺り起こした。時間的にはもうすぐ、ジョシィが来るだろう。
キィィイイィ……
心臓に悪い音だ。もう、ドアなんか開けたくない。
唯一の光は、ロディの持つ灯りを絞ったカンテラだ。
家の中は静かに歩いても、やはり少しはミシミシと音が立ってしまう。
それにしても、何処にも灯りは灯ってない。ジョシィは何処にいったんだろう?
「ねぇ、ここに変なおじさんの胸像、あったわよねぇ・……」
リパの示した所には、その胸像の乗っていた台しか見当たらなかった。なんか、今ゾッと来た。
「それは後だ。食堂へ急ぐぞ」
食堂はシンとしていた。ただ、ジョシィがリパに触るなといった布だけが、月明かりで青白く光っている。
そのほかにも、一際濃い青い線がその布を囲っている。結界かも……。
「待って」
私は近寄って、自分の杖に強めの結界を張って、その結界に近づけた。
ぱしッと軽い音がして、結界は霧散する。布を勢い良く、引き剥がした。
そこにあったのは、一枚の大きな絵。
ロディのカンテラによって浮かび上がったのは、すらっとしたちょび髭の男の人とその人に寄り添っている、たおやかな感じの黒髪緑の瞳、リロイドそっくりな女性だった。
「『最愛の妻アンナとともに』・・・・・アンナさんが失踪した年の絵ね」
マリィおばさんのお姉さん、綺麗だ。
この女性を悪魔の捧げ物に!?
でも、ジョシィは描かれてない。ジョシィは、他の人がここに捨てた子供だったのかな……。
「ちがう。ボクは、お腹の中だったんだよ」
「ジョシィ!」
私達の後ろに、ジョシィは浮かんでいた。うっすらと透き通っている。
「ボクの父はご存知の通り、悪魔学研究者。
そして、天地を創造した神々よりも悪魔を信仰し、そして魅入られた。
悪魔は父にこう言ったよ。
『妻を美しいまましておきたくないかね? 永遠に。私ならお前にやってやっても構わない』
父は母さんを、ううん。母さんの『美しさ』だけを愛してたんだ。
だから、ボクは捨てられた。
三ヶ月に母さんのお腹の中から父の手によって取り出され、供物にされてしまったんだよ……。
母さんもそのときに……」
このおっさん、リロイドを見たら、どう思うんだろ?
ジョシィは涙を流して話してくれた。
「ボクだって、生まれたかった!
お兄ちゃんや、お姉ちゃん達みたいにいろんな所に行きたかった!
男か女か、ハッキリしたかった! お父さんとお母さんに甘えたかった!
寂しかったよう……。……冥界で、生まれる体を待っているとき、わくわくしてたんだよ……。
どんな両親だろう、どんな自分になろうかな……。それが、今じゃどう?
幽体になっても、現世にくくりつけられてしまってるから、冥界で体を待つのも出来ない。
悪魔の飴玉になって、魂を溶かされるのを待つだけなんだよ。
ボクの代わりにしゃぶられてるアンナと言う名の魂はもうほんの一欠けらだ。
次は、ボクなんだ……。お願い! ボクを解放してっ。悪魔を、倒して・……」
「ジョシィ。出来る限り、やってみるわ。
でも、私達が出来るのはあなたをこの地に縛り付けている綱を断ち切る事。
つまり、悪魔が保管している、あなたの肉体の破壊よ。
アンナさんの解放も努力するわ。ね」
「・……うん……」
「いいでしょう、みんな!?」
「とことんやって、駄目な時はそん時だ」
「ジョシィ。頑張るからね」
「そうそう、解放されたらね、町にある星屑パン屋さんに行ってよ。
そうしたら、君の新しい肉体があるはずだから」
それぞれの答えに、リーダーは満足したようだ。優しくて綺麗な笑顔を浮べると、言った。
「体のある場所は、何処?」
悪香が蔓延する地下。
リパが言っていた像や絵の中の人物、それらが蠢きひしめき合っていた。
その中の台座に座っている人物が居た。
流れる黒髪。
優しい光を宿す緑の瞳の女性。
腕の中に白い産着に包れた何かを抱いていた。
あれが、悪魔……。
物陰で私は杖に紅蓮の炎、それも爆発する火種をともした。
ロディは爆弾を投げこむつもりで居る。
一方、こちらの長い黒髪、鋭い光の緑の瞳の持ち主は、私達の起こす煙にまぎれて一気に切り込むつもりだ。
リパはこの家の要である大岩を破壊しこの家をつぶして欲しいと言うジョシィの頼みを聞くため爆弾を持って走り抜ける手筈となっている。
「ロディ、行くよ!」
「あいさ!」
一気にどよめく悪魔たちの中に踊り出ると私は、七、八個の魔力の火種に一息でありったけの魔力を注ぎ込む。
種は魔力の大きさに耐え切れず、暴発状態になった。
「神の火!!」
杖からは、取り留めの無い紅蓮の焔、私からは溢れた魔力が暴走する。
半数以上の像や絵がコレによって『悪魔』と言う魂を失い消滅していく。
杖を持つ手はどんどん魔力の暴走による体の負荷で皮膚が裂けていってしまうんだけどね。
痛いなんていう痛覚は、暴走させるその一瞬だけだから、痛みはもう無い。
血だけが流れる。
でも魔力を急に失うのは、やっぱり危険、か。
もう立ってられない。
「ラピアス、後は僕がやる!」
「た、たのんだよぉ」
情けない話。
私は階段に腰を降ろす力しかなかった。
ある程度、自分で身をかばいながら観戦するしかない。
ロディは爆弾を投げ尽くした後、像には腐食液、絵についてはダガ―で一文字に斬り悪魔の器と言う効能を失わせていった。
そろそろ雑魚は、全滅してくれるだろう。
リロイドは、私が魔力を暴走させた時に飛び込んでいったのだろう、すでに悪魔の器を半壊までに追い込んでいた。
血の出ない肉体は斬られた端からさらさらと土に帰ろうとして居る。
リロイドも、多分そろそろ限界だ。
息も荒くなって足がよろけてきているのが目に見える。
でも、悪魔の動きは健在だ。
ジョシィの体を庇いながら、体は半壊していると言うのにリロイドを翻弄するようになっている。
……おかしい。
借りた体を失った悪魔は魔界に帰るのに。
借りた体の強さが、悪魔の生命なのに。
ふと、私はいつのまにか隣に、ジョシィが最初の晩持ってきたクマのヌイグルミは置いてあるのに気がついた。
表情は無いんだけど楽しそうにこの戦闘を見ているように思えた。
「……」
なんか、この無邪気っぽそうな顔が、今虫の居所が悪いトコにきた。
「あんたも一度、戦ってみればいいんだよ!」
ヌイグルミに戦えなんて無茶は承知なんだけど。
私は狂乱の戦闘の中にヌイグルミを投げ込んだ。
そこに、敵と感じ取ったらしいロディがダガーを一閃させる。
見事、ヌイグルミは真っ二つだ。
……あれ?ヌイグルミの表情が変わった。
ジタバタとのた打ち回って苦しんで苦しんで、断末魔の表情になる。
「はぁ?」
ロディも同じ心境らしい。
なにせ、相手をしていた悪魔が一斉に逃げ出したからだ。
「あぁ?」
リロイドが相手していた親玉の悪魔は急に糸の切れた人形のように倒れ、ボソッと崩れて土になった。
もしかして、ヌイグルミとアンナさんの体を倒さなきゃいけなかった訳?
その肉体だった土のなかから小さな白い光が浮き上がった。
ホタルのように明滅しながらジョシィの周りを飛ぶとふっと消えた。
「……アンナさん……」
リロイドは無言のまま剣の切っ先で産着をおした。
パキン
ジョシィの体はそんな音を立てた。
[ありがとう]
そう声だけが、辺りに響いた。
何も、言えない。
慌し過ぎる結末だった。
「終わったんだね……」
「……うん」
「後は、リパの仕事だけだな」
リパはすごい勢いで走ってきた、
「は、早く逃げるわよ!
ちょっと失敗して、時限爆弾のタイマーセットしないで仕掛けちゃったんだから!
すぐ爆発するわよっ」
「何やってんだぁ!!」
「ほらほらほらほら、早く!」
一階にやっと出た時爆弾が爆発した。後、もうちょっとで玄関だったのに!!
「急げってば!」
リロイドは私の襟首を掴むと走り出した。
苦しい……。
いつもの倍以上、みんなでスピード出してる。
私は凧のようにくるくると引っ張られた。
外に出た時、もん凄い爆風に押しやられて、更なる飛躍!
皆葉っぱのように宙を舞っていた。
どうせ私等のことだ。全員無事なんだけどね。
ただし、全員全身打撲ということを忘れずに付け加えておこう。
「んまぁ、あなた達何処に言ってたの?もう、十ヶ月も……。あたしは、心配で心配で……」
「本当だぞ。よもや、バラッザなんかに行ってきたんじゃあるまいな」
あははー。そのまさかですよケンおじさん。
あ、そうだ。
「おばさん、子供できたんですか?」
「そうよ。ロディがくれた薬でね」
「おめでとうございます!」
「たまには役に立てて良かったな」
「で、名前はあなたたちにつけてもらおうと思って待ってたんだけど」
じゃあ、もうこの家にいるんだ!
「見せてください!」
「そんなに赤ン坊が珍しいのかね」
おじさんはいぶかしんでいるけど。
うわ――あ、ちょっと赤黒いけど、右目の下に泣きボクロあるのがはっきり分かる。
「どんな名前が、いいかしらね」
マリィおばさんはもう一度そう聞いてきた。他のみんなは私を突っついて笑っていた。
私が決めていいって、事だね?
「何がいいってもちろん――――」
みんなが同時に口を開いた。
四つの口から、一つの言葉。
「ジョシィ!」
終
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