史上最低の神話 1
人間は楽園の空に拠を構える。
もはや、神が人間に与え給う楽園は魔手から次第に解放され、昔の姿を取り戻す。
しかし、神の居わす神聖なる場所だけが、次第に『冒険者』に汚される。
いつか、人間に罰を下すものがあるだろう。
―――――隠された預言書カヤシュの書より――――
「ハヤト・サカキ。ワタシの家に来ませんか」
昼休み。
性別不明・性格不明・言葉の抑揚性無しのリュウア・サナイが急に話し掛けてきたため、俺は海苔弁を詰まらせた。
イースト・スクールに在学してから、3年間ずっと同じクラスだと言うのに一度も話をしたことが無いヤツがいきなり『家に来い』とは何事だろうか?
「う〜。わ、悪い。ちょっと用事があってな……。また今度行かせてもらうよ」
「そうですか。来ていただけて光栄ですよ」
行かないって言ったのに・・…。
「それでは、放課後に校門の所に待っています」と言って、リュウアは俺から離れ、教室を出て行った。
悪友ダレンやワタルが、「うらやましいぞ、このぉ!」と箸で人の頬をつつく。
何がうらやましいのか判らんが、とりあえずいつも通りじゃれて二発ずつ両方の頭を小突いた。
そう、いつもの通りに――――。
五時間目は憂鬱なユーリッカ・タークィの宇宙宗教史だ。
満腹になって眠たい時間でもある。
タークィの奴はまともに教科書通りにはやらず、自分の信仰する一神教の話を延々とやる為に、かなりつまらない授業をする。
「唯一絶対であられる神様はこの宇宙すべて、至る所を愛で満たしていらっしゃっています」
こんな話を毎回毎回繰り返すタークィだが、はっきり言ってつまらない。
もうボケているのではなかろうかという噂も立っている。
眠たさ倍増も必至と言うものだ。
でも、俺は眠らない。
別にマジメ君でもないし、成績は体育の武術以外ではハッキリ言って落ちこぼれに近いし授業もよく眠ってしまう方だ。
それでも、俺は眠らない。
心の中で、ずっと叫びつづけているからだ。
俺の親父が《魔族》に殺されたというのも、その神とやらの『愛』なのか!?『御意志』なのかよ!!
俺はずっと、この三年間ずっと、叫びつづけている。
例え、ぼうとく冒?と言われてもいい。
『すべてを愛する』神がいるならば、《魔族》なんていう、得体の知れない
およそ九年前、学校帰りに《魔族》は誘拐した俺をダシに親父を呼び出し、
俺の目の前で殺した。
親父は精神武器を増幅器を使わずに扱うほどの精神力の持ち主で、最強と呼ばれていた程だった。
その親父が死んだとは未だに信じられない。
親父が殺されねばならなかった理由は遺族の俺達にもハッキリと明かされなかった。ただ、妙に頭の禿げ上がったおっさん―――政府関係のバッジをつけていた―――が一言、言った言葉だけが、俺の知っているすべてだ。
「ぼうや……。君の、お父さんは立派、だ。我々の《光》のために、戦って、戦って、戦い抜いてくれたのだから……」
「ハヤトさん、ハヤト・サカキさん!」
何が、『戦い抜いてくれた』だよ。だったら、てめぇ等が……。
「ハヤト、ハヤトっ」
小声が聞える。
「んあ?」
後ろに座っているミンタオ・ワードルフがペンで頭をつついた。
「前、前!!」
言葉に従って、前を見た。
「ハヤトさぁ〜ん。前をちゃんと向いて、PCN(パーソナル・コンピューター・ノート)開いて、授業に臨みましょうね〜」
「うわぁああっ!?」
ユーリッカのいやらしい顔が、ニタニタと笑って俺の目の前にあった。
その手は勝手に俺のPCNに伸びている。慌ててその手を払い自分でPCNを開く。
「い〜い度胸ですね〜」
皆が爆笑する中を、ユーリッカは教卓へ去っていった。
マスター・コンピューター(教師用PCBB[パーソナル・コンピューター・ブラック・ボード ])の画面に浮き上がった白や赤、黄の曲線だの文字だのをPCNに写していく。
相変らず、『愛』だの『真理』だのが好きな奴だ。
昔ながらの授業終了チャイムが鳴ったとき、ユーリッカの奴から伝言が来た。
[祈りの言葉を十五回、手書きで提出しなさい。放課後までに]
―――汝隣人を愛せよ。
そんな言葉を言った、エライ人が居たよなぁ……。
「バイバイ、ハヤト」
ミンタオやダレンだのが俺に手を振って教室から去っていく。
「ダレン〜。イイ感じのクレープ屋が
「あ、いいな〜。あたしも行きたい!」
「ワタル、甘いもん食い過ぎだぞ」
あ〜。いいよなぁ。俺も行きたかったな……。
「ハヤト。早く終わられなさい」
「リュウア、まだ居たの?」
その前に、言葉がおかしいが。
「終わら、終わられ、終わら〜」
「終わらせる、だろ?」
「そうでした。終わらせなさい」
けっ。簡単に言ってくれるよ。
「俺、祈りの言葉忘れちまったんだ。リュウア、帰っていいよ。お前の家遊びに行くの、今度にするから」
リュウアは感情の無い目を一回瞬きさせた。もしかしたら、コレが感情なのかもしれない。
「祈りの言葉、忘れるなんて、なんて人なのです、ハヤトは……」
どうやら感情だったようで、両手で頭を抑えている。
でもな。
表情の無い顔を抑えるとかなり気味が悪いんだよな。
教えてやろうか?
「『願わくは、子の贖罪に我等の苦しみを加えん事を』……」
「あ?」
「『罪を許されし神の御母よ。
其の名は我等に近く遠く、
其の優しさを総てのものに降り注ぐ。
天の御使いたちも其の腕にやすらぎを見、祝福する。
父なる羊飼いよ。
我等の罪を許したまえ。
我等を忌むべき貪欲の狼より救いたまえ。
我等を養い給う、羊飼いの子よ。
我等を導きたまえ。』」
へぇ……。
今――――
「何をしているのです。祈りの言葉ですよ。早く書いてください」
「分かってるよ、うるさいな。そんなにせかすなら、手伝えって!」
「手伝えるものなら手伝っています。しかし、一文字も書かれていないのに、どうやって模写しろというのです」
もう一度祈りの言葉を繰り返しだしたリュウアの声を聞きながら俺はひたすら万年筆を動かした。
何枚もの祈りの言葉を書いた紙が溜まっていく。
一つの祈りの言葉だけで紙一枚が消費されていく。
紙――――植物を大切に思い、生産に制限のかかったこの貴重品は、どんどん祈りの言葉を書くなどというもったいない行為で消費されていく。
全く……。
WB[ライティング・ボード]に書かせりゃいいものを……。
「手伝ってくれよ」
「ハヤト、紙を見ないで祈りの言葉言えまずか」
「……」
さっき、一瞬でもコイツの顔とラファなんとかっていう大昔の画家が書いた『聖ペテロの解放』(だったと思う)の天使が似てると思った自分が恨めしいぜ。
「
そう言って筆を置いたのは最終下校時刻になる寸前だった。
ここまで時間をかけてしてしまったのは、単にやる気が無かったからだ。
フツーやりたかないだろう?
自分の大っっっ嫌いな宗教の祈りの言葉なんざ、書くのはよ。
どちらかって言うと、俺はアニミズムの方が好きで人間的な神々がいいんだ。
〔イズモ〕の八百万の神の神話・古事記、風土記。〔エル・ドラッド〕にある話はは神話じゃないが、十何世紀も昔にあった帝国の話は楽しいじゃないか。
文部省が作った教科書にも載っている。
それをなんだって、あの宗教家はつまらん一神教の教えなんかで全部潰しやがるんだ!?
「ハヤト、終わったのならば帰りますよ」
リュウアは俺の書いた紙を手に取ると、一瞥した。
「汚い文字ですね」
そしてそのまま
「ほっとけ」
ショルダー・バッグに万年筆とインクを放り込み立ち上がる。筆記なんて、滅多にしないから文字が汚いのは当たり前だ。
校門を出ようとしたところで、
「じゃあ、行きましょうか」
無機質に近い声が俺の背に突き刺さる。
こんな時間になってんだから、諦めてると思ってたのにな〜。
でも、家に帰ったら帰ったで母さんが何やったのか問い詰めるに違いない。
「……。OK」
リュウアは目を細めると口を僅かに横に引いた。少しは、表情らしく見える。
エレベーターに乗り込んだ。楽に五十人も乗れるエレベーターは二人で使うにはかなり広すぎると思う。
「ドコだよ、お前ン家は。ループ使うのか? 列車か?」
定期以上の場所だったら、ちっとヤバイかな?今日は持ち金があまり無いのだ。
「そういうものは使いません。そもそも、ワタシは
「はぁ?」
人は皆、市街に住むのが義務付けられているのだ。
市街の外にある建物は、学校等政府機関以外許されてはいない。
遅すぎた自然保護条約の為だ。
人は自ら住む場所を制限し、その電磁石等科学力に頼って、雲にも届かんばかりの
懐かしの地上へはパスが無いと降りれない。
それなのにリュウアは俺が言った階よりも更に下の階をコンピュータ―に告げた。
そこは既に、政府機関のエリアに入っていて関係者以外立ち入り禁止である。
おかしい。
セキュリティが作動しない。
乗り場の階に着き、機械音が鳴って音も無く。行こうぜ、とエレベーターから出ようとしたが、リュウアは人の腕をグッと掴むと引きずり込んだ。
パスッと目の前で強化合金の扉が閉まる。
フッという生活に馴染んだ浮遊感が体を縛る。
「お、おいっ!何すんだよ」
「ハヤトこそ、何処へ行くというのです。
ワタシの家はそこからでは行けないと言ったでしょう」
エレベータ―は緩やかに止まり赤い光の
〔RAP―SR371。確認シマシタ〕
セキュリティ・ガイドはそう言うとまたエレベーターを起動させた。
二人とも何も言わず、俺にとって不愉快で気まずい沈黙が場を支配した。
ぐるぐると頭の中で質問が飛び交う。
やっと一つの疑問が大きく浮かび上がった。
「……お前、なんか隠してんだろ……」
「……」
「おい、答えろよ」
緩やかに降りるエレベーターには乗ろうとする奴が居ないのか滑らかに降りていく。
低く幽かに唸るような音が耳障りに感じる。
そして、何処からか何かがピキピキと音を立てるのが聞えた。
「ハヤトは―――――」
リュウアは口を開いた。こちらを感情の無いガラス球のような瞳で見据える。
俺はその目を睨んでかえした。
「護れといわれたら護りますか」
抑揚の無い機械のような声。
神経を逆撫でする。
「答えに、なってねぇよ……」
「いえ、答えになるはずです。
護って、くれますか」
「……。時と場合、状況によるな。
俺が大切だと思うものは守りたい」
そう言ってから親父が昔俺に行った言葉を思い出した。