前へ目次に戻る次へ

史上最低の神話 2


 そう、あの頃は頻繁に政府機関地区が《魔族》に襲われて爆発していた頃だ―近頃じゃかなり珍しくなったが――。
爆発が起こった日にはいつもは酒の飲まない親父がどんどん酒瓶を開けてべろんべろんに泥酔するまで飲んだ。
「くっ……。また……護れなかった……」
いつも、大きな口を開けてよく笑う親父がボロボロと涙をながすのだ。
声を出さず、噛み殺すように泣いていた。
俺はそんな親父が可哀想になって親父に向かって、
『親父は俺が護る』
『親父を泣かす奴は俺がやっつける』
と言ったのだ――結局、俺のせいで死んじまったけど―――。
そう言うと、親父は大きくあったかい手を俺の頭の上に乗せ、言うのだった。
ハヤト、よく覚えておいてくれ。
父ちゃんは、全てを護れると思っていたが、それが不可能だってコトに気がついた。
過信していたんだよ、自分の地位に……。
だから、お前は誰かに『護る』と言ったら、それだけでいい。
それ以外のものも全て護ろうなんて、気張らなくていい。
それだけを、完全に護り通すんだ……。
親父もきっと、俺が言ったように大切なものを護りたかったのだろう。
だから、泣いていたに違いない。
「『例えば』友達や家族だ」
どんなに良く考えても、望む範囲が広いことは明らかだ。
それでも、手放せない。
何度も、考えた。
親父。俺が護りたいのは本当にそれなんだよ。
それだけでも、多いと思うか……?
「友達、ですか……。非常に曖昧なところですね……」
何かを悩みだしている。
おかしな奴だ。
ここまで来ると、何かを隠していると言う怒りよりも、妙な笑いがこみ上げてくる。
「リュウアは何かに狙われてるのか?
ここ数十年、人間同士では強盗はあっても殺人はないこの時世に……」
リュウアはこの問いに困ったような顔をして見せた。
いや、困った"顔"じゃないな。そんな雰囲気を周囲に撒いたのだ。
「まぁ……。そんな感じです」
棒読み名ところがまた可笑しいってもんだ。
声を立てて笑い出した俺の顔をリュウアは覗き込んだ―――無表情で。
「何が可笑しいのです」
「いや、別になんでもない。とりあえず言っとくけどさ、一応学校のクラスの奴等、ナンダカンダ言って俺結構気に入ってんだ。お前も含めて。授業はサイテ―だけどな」
「えっ……」
無表情のまま口を半開きにしてるリュウアに俺は言ってやった。
「だから、出来る限りお前の事もってことだよ。
ホントに、なんも出来ないような俺だけど格闘技なら得意なんだぞ」
「本当ですか。それなら、本当にお願いしますよ」
本当に、と繰り返した時、エレベーターはリュウアの目的地に着いた。
見たこともないフロア
平らな人工土フォルスソイル電磁石合金床エレクトロアロイフロアの見慣れた階じゃない。
ただ、細い通路が奥へ伸びている。
湿り気を帯びた土の壁と輝きのない灰色の石畳。
驚くほど空気は凛として冷たく、空気の薄い塔での暮らしになれた肺は昔を思い出したように大きく膨れ上がろうとする。
気持ちがいい。
それにしてもここは何処なのだろうか?
俺たちの後ろでエレベーターが静かに閉じた。
「地下ですよ」
リュウアは何処からか取り出したスティック・ライトで道を照らしながら言った。いくつか色々と分かれ道があったりする。
そうか、ここは地下なのか。
その千と数百メートル上に、空中に人間は家を作り、生活をしているのか。
今は母さんが妹と夕食を作ったり、ワタルやらダレンやらが道草食いながら家路に着いている頃だろう。
俺は、なぜか土の中だ。
しかも重度の法律違反だ。
地下も政府の管轄だ。
お偉いさんしか入れないと言う重要地のため、赤ん坊でも入ったらセキュリティに問答無用で殺されると言う場所だ。
実を言うと、さっきから少しびくびくしてたりして。
「こっちです。ほぐれない・・・・・ようにしてください」
「はぐれないように、だろ。それにしても何だってこんな所に住んでるんだ?
それに、『護る・護らない』の結論を聞いてない」
「結論から先に言います。ワタシは、ある人物から隠れています。
『ワタシ』だけならまだしも『リュウア・サナイ』が見つけられてしまったなら大変な事になってしまうのです。
だから、ソレを護ってもらいたいのです」
「はぁ?お前、リュウアだろう?」
「もうすぐ、《羽化》します。
『リュウア』は無敵に近いのですが、そこを襲われてはひとたまりもありません。
だから、《羽化》し、完全体になるまで護ってください」
「ちょ、ちょっと待てよ!俺、言ってる事がわかんねぇ。
何、何のことを言ってるんだよ?リュウア・サナイはお前だろう?」
「ええ。確かにワタシはリュウア・サナイです。
しかし、正確には違うのです。お分かりに成り難いと思いますが……。
ハヤト、知っていますか? WDPのコードネーム【Four】と言うものを」
「WDPって、なんだっけ?」
リュウアは珍しく派手にすっ転んだ。
「ワールド・ディフェンス・プロジェクト。
世界的防御計画の事です。」
着きましたよ、とリュウアは超硬化合金の白い壁に手を触れた。
傷一つ、切れ目一つない壁はリュウアの指紋を感知し開く。
「世界……的、防御……」
ドクドクと心臓が早鐘のように打つ。
いきなりの白の輝きに目がくらむ。
頭が痛い。
静かで低く唸る機械の山。
頭の中を駆け巡る、何かが……。
光が隅々までを照らす。
―――親父の顔。
機械で壁が銀に覆い尽くされている以外装飾品らしきものは何一つない。
―――親父の精神武器サイコ・ウェポン
殺風景な部屋の中央には巨大で透明な円筒が様々なプラグに繋がれ鎮座している。
―――葬式に聞いた言葉『リュウア』。
その透明な円筒の中は何かの液体に満たされている。
『リュウア』
俺よりもでかい半透明の卵がある。
『龍亜』
その中には何かのシルエットが浮かんでいる。
『龍天』
人間か。
『RYU=A』
大きな翼をいくつも持っている―――。
『RY+A』
―――親父ヲ殺シタモノ。
『世界的防御計画【Four―RY+A】』
カツン、カツン、と音を立てながらリュウアはその筒に向かって歩く。
「【Four】――古代中国における四つの聖獣と古代キリスト教における奇跡人セイントの融合体。
その身体うつわに四大天使を始めとする天使が入り、人類を《魔族》から護る、天使と人間達の共同作戦」
そうだ。
親父は、最強パーフェクト守護者がーディアンだったんだ。
誰も太刀打ちできなかった《魔族》にでさえ勝つような人だった。
もし、あの頃の《魔族》が襲った政府機関地区全てに【Four】があるんだったら、親父のあの涙は、全ての人を助ける計画がどんどん破壊されていく為流した涙だったのか……?
「この、【Four】は『RY+A』と呼ばれています。風の属性を持ち、東を司る蒼龍。
魂として入るのは、それと同じ風を持ち西を司る天使ラファエル―――」
「ここに、俺を連れてきて、どうするつもりだよ……」
握り締めた拳が、ぶるぶると力の入れすぎで震える。
「当てつけかよっ!リュウアぁあっ」
俺はリュウアの胸倉を掴み片手で持ち上げた。
背の小さいリュウアは足が地面に届かない。
「あてつけじゃ、ないのです。ただ、君だけが頼りであるだけです」
「うるせぇっ! この計画のせいで親父は目の前で、死んだんだぞ!?
この天使だの奇跡人だの馬鹿げたオカルト計画のせいで! 
畜生! こんな所、ぶっ壊してやる!」
「ハヤト……。スザクは厳密に言えば存在しています。まだ、居るのです」
「ああ、そうだろうよ!てめぇらのオカルト狂には見えるんだろう!!なら出せよ!すぐにでも親父に会わせてみろよっっ」
「会わせ、られます。今すぐにでも……。
会いますか」
!?
「ただし、約束をして欲しいのです。
スザクと協力をして、ワタシ達を護ってください」
「ほんとに出来るならなんだってやってやらぁ」
俺はリュウアを話した。バランスを崩した奴は銀の床に体を打ちつけた。
ガシャンという機械を落した時の音がする。
「まさか、お前……」
「こっちです」
無機質な声。
表情の変わらない顔。
性別不明。
【Four】に加担。
まさか、な……。
リュウアは壁のくぼみに手をつけた。
「はい、RAP―SR371。……。本当にいいのですか」
そして、喋りだす。
こいつ一体なんなんだろうか。
「しかし、そのような事をしたら今度こそ彼がワタシを破壊し、ここを破壊しますよ。
それでもやれと。……。はい。分かりました」
壁に向かって話しつづける奴ほど怖いモンだな。
しかも、なんか抗議してるぜ。
「ハヤト、スザクに会う前に渡しておくものがあります」
リュウアはそう言うと少し離れた所にあるくぼみに手をはめた。
ガボっとそこの壁が小さな扉くらいに切れ込みが入り外れる。
リュウアはモゾモゾとその穴の中に入ると何かを持って出てきた。
見たことのある黒い服と冬に被りそうなツバのない帽子。それから、パワーリストと指なしグローブがくっついたようなもの。手に握られているのは小さなピアス。
収集器コレクター増幅器ブースター集束器アセンブル
コレで分かりますね。精神武器です。ピアスの穴は開いてましたか。
このピアス状の発動機で精神を解放し、増幅器の一定周波によって精神力を増幅。
収集器であつめ集束器でより強力で精神力を形にします。
あとは、スザクが教えますから」
俺にブースターだのなんだのを渡すとリュウアは着替えて下さいと言った。
「今?」
この収集器という黒の服は俺のいつも着ている普段着よりもかなり小さい。
「今です。それに収集器は小さい様ですがかなり伸びるうえ、密着していないと役に立ちませんからね。
それで大丈夫なのです――」
リュウア、いつもにまして棒読み。
「実際戦闘にも防御服として使われ始めていますから、大丈夫ですよ。
心配なら上につけるプロテクターも渡しますが、敏捷性には劣るでしょうね」
俺の顔色を見て慌てたのか早口の棒読みでまくし立てた。
棒読みが怖いだけだよ、俺は。
「あのさ。実はお前のいう『ある人物』って、《魔族》だろ」
「おお。よく分かりましたね」
「棒読みするな棒読み! 当たり前だろ? 
精神武器はそもそも人を攻撃する為の物じゃない。《魔族》倒す者だ。
その前に、お前。俺がそんなことも判らない馬鹿だと思ってたりしただろ」
実はたった今思い出したんだけどな。
「身に付けてください。スザクに会いたいでしょう」
卑怯だ。
遠まわしに親父に会いたいなら《魔族》と戦えなんて……。
[ハヤト]
誰かに呼ばれて俺は振り向いた。
壁だ。
[父ちゃんだぞ、ハヤト]
壁が、俺の名を呼んだ。
「ほら、スザクは居るでしょう」
「……マジ?」
[そうだぞ〜。ハヤト、よく聞いてくれ。今、父ちゃんは大変な事になっている。
お前に会いたいが、手が離せないんだ。だから、早く精神武器を取って応戦しに来てくれ!]
確かに親父――スザク・サカキの声なのだが、コンピューターかもしれない。
リュウアが真似しているのかもしれない。
「ハヤト、スザクも呼んでいるのですよ」
[ハヤト、早く来てくれ……! あ、アレは……うわああああああっ]
「父ちゃん、父ちゃん!!」
[……]
親父は沈黙する。
「何が起きてんだ、リュウア!」
「ワ、ワタシにもわかりません。でもスザクの身に何かということが―――」
くっ……!
俺は上着を脱ぎ捨てた。
体にピッタリとした収集器を着、自分のピアスを捨てて発動機をつける。
増幅器、集束器を身につけると、それぞれが低く唸りだした。キィンと耳鳴りがしだし、精神が高ぶりを見せてくる。何かが、
掌に集まってきて手が熱くなる。
「ハヤト、こっちです」
リュウアはさっきの壁に手を置くと壁を開いた。
「父ちゃん!」
でかい金属の球が、すごい勢いで転がってくる。
「邪魔、すんじゃねぇっ!」
ドンっ
反射的に突き出した手から赤のレーザーが出た。
ソレが球に当たると爆発を起こし欠片もなく消えた。
精神武器の威力だ。
中に走り入り、狭い通路を抜けた。
音もなく火に包まれた物が飛んでくる。
「邪魔すんなって、言ってるだろ―がぁ!」
腕を一振りするだけで、俺の赤い精神力光の軌跡が残る。
それを手から切る事はない。
そのまま精神力を出しながらソレを掴み光を固定化。
そのまま飛んでくる物を叩き斬った。


{精神力―本人の意思によって強さも、形も違う曖昧なもの。
しかし、精神生命体には多大なる威力を発揮する。
更に力が強ければ、物質・有機、無機に問わず生命体すらも破壊しうる。
アーデリッヒ教授らによれば、存在しうる物質の分子レベルで破壊する事が可能という未知の力である。}――――――――――――精神科学の教科書より


 また、コレもさっきの金属球のように爆発して消滅する。煙が凄い。
その煙の奥に人影が見えた。
高ぶった精神が落ち着いてくるのが良く分かる。
精神武器は少しずつ唸りを静めていった。
「ハヤト、よくやったな」
親父のシルエットはそう言って、腕を広げた。
そのまま進もうと思っていた、俺はその影を見て足を止めた。
「誰だ、あんた……」

前へ目次に戻る次へ