史上最低の神話 3
シルエットは人間の物じゃなかった。奇妙に胴がふくらみ、ひしゃげている。
精神武器は高く高くその耳鳴りと唸りを上げる。
熱い手を胸の位置に掲げた。
「ハヤト、スザクですよ。攻撃対象じゃありません。スザクです」
「父ちゃんは、人間だ!!」
赤い光は風船のように掌で膨らむ。
横に薙ぐように手を振ると同時、光の球を投げ飛ばした。
「お、おい!ハヤトっ、ハヤト!」
「スザクですよ、君の親の」
影に着弾し爆発する――と思いきや、影は球を弾き飛ばした。
あらぬ所で派手に音を上げる。
「父ちゃんだと言ってるだろう!」
影は近づいてくるなり、俺の頭をパカンと叩いた。
接近してきた事により、相手の顔がハッキリとする。
長く緩やかにウェーブのかかった髪。
すっと通った鼻筋。
切れ長の目。
六枚の翼。
緩やかなヴェールを何枚も重ねて作ったような(ただの布を巻きつけたような)服。
「……誰?」
「親不孝モンが!!」
そいつは怒鳴った。
俺の胸倉を掴んで引き寄せる。
「だから、親だと言っているでしょう」
「ハヤトぉ、あんなにオシメ換えたり、肩車してやったり遊んだりしたのに、忘れるなんて、父ちゃんは悲しい!!!」
「だから、俺の父ちゃんは黒髪で、職人気質のようなところがあって、なんつーか、涙もろくって……。
とにかく! あんたみたいにそこまでキレーな顔してる訳じゃないんだって。
父ちゃんは絶滅寸前希少の純大和民族なんだってば!」
「だからそうだと言っているじゃないか」
「あんた、全然ちがうって!何人なのさ?その前になんで羽生えてんだよ!」
その言葉にリュウアも目の前の奴の背中を見た。
「ミカエル、スザクになっていませんよ」
「おお、本当だ」
ミカ四大エル天使長と呼ばれた目の前の奴は納得すると・・・・・揺らめいた。
黒髪に人の良さそうで剛健そうな男が現れる。―――親父だ!
「父ちゃん……」
「大きくなったな、ハヤト」
「父ちゃん、本当に死んじまったのか」
「ああ、そうだ。肉体が死んだから、……だから、お前達のそばに居てやれなくなってしまったんだ。
すまない……」
「……」
そうやって、しんみり言われてしまうと何も言えないじゃないか。
生きていて欲しかった、なんか……。
愚痴なんか、言えないじゃないか……。
目頭が熱くなって鼻の頭が冷たくなる。
息遣いがおかしくなる。
「苦労、かけたな……」
苦しい沈黙。
リュウアでもいい。
誰か何か言ってくれ……。
泣くのを堪えているうちに気がついた事があった。
「なあ、父ちゃん。なんで、あの世、とか行かなくていいのか?」
素朴な疑問を吹っ掛けてみた。
「て、天使は行かなくてイイのだ」
「天使だぁ?何処がだよ。大体行かなくていいなら帰ってきたっていいじゃないか」
「ハヤト、本来天使は姿を見せず、人間をサポートするので……」
「そうだぞ。第一肉体を失っているのに一緒に外歩いてたら、葬式に出席してくれた人達に悪いじゃないか。
だから、人間の身体があった時には確かに『スザク・サカキ』だったが、いまは―――」
「『スザク・サカキ』じゃないってのか?
じゃあ、俺と父ちゃんは赤の他人だと。
さっきの変な格好が本当の父ちゃんで天使ミカエルだってのかい」
「違いますよ、ハヤト。赤の他人なんかではありません」
「父ちゃんの中にミカエルがあって、ミカエルの一部が、父ちゃんなんだ。
父ちゃんの一部がミカエルなんだ。
だから、さっきの格好のも父ちゃんなんだよ」
「へぇ。
でも、肉体を失った今、父ちゃんと俺は遺伝子という繋がりも消えたんだな」
やってらんねぇと、俺は背を向けて出て行こうとした。
はっきり言って、この天使だの騒いでいる奴等から――例え元親父であっても――逃げ出したかったのだ。
まともな、友達とじゃれあって母さんに怒られて妹と喧嘩する、いつもの生活へと……。
「いや。繋がっているよ」
親父の声が背中に当たった。
「魂、言い換えれば生物の体の中にある、生きていく為、動く為の動力――精神生命体は生命が誕生した時、そこに宿った魂と欠片を交換するんだ。
それは、お前の中に父ちゃんが居るし、父ちゃんの中にお前が居るということなんだ。
だから、繋がってる。お前の中に母さんも居る。
そうなっているんだよ」
「ハヤト、ミカエルの―――失礼、スザクの言う事に嘘はありません。
信じて、ください」
「お―――」
俺は答えずにリュウアに聞いた。
「お前も、天使なのか?リュウア」
「はい……。ワタシは、天使ラファエルです。
今のこの体は、この計画の為人間達が創り出した一時的な身体、アンドロイドなのです」
やっぱりな……。
「じゃあ、『ラファエル』と『RY+A371』を護れって言ってんだな?
『
『
「え、ええ。そうです」
「護ってやらぁ。確かにリュウアは親父に会わせてくれたんだからな」
「では、今から《羽化》を始めますからね」
リュウアは最初の卵のある部屋へと先に歩き出した。
大きく溜息をついた。
俺が
親父は最強だったのは、本当だったのであるのだ。
それに、たった今から襲われると言う事も無いだろうしな。
「強くなったな」
「ん?ヤケになっただけさ」
親父も俺もリュウアの後に従った。
リュウアは手を透明な円筒につけて立っていた。
うなだれて何かをぶつぶつと言っている。
「父ちゃんはなんで人間になっていたんだ?
リュウアの様に奇跡人と四聖獣の融合体ができるのを待って、その中に入れば死ぬことも無かったろう?」
「他の体ができるまで誰が天使達を《魔族》から守るんだい?
そりゃあ最初は奴等も人間の精神武器で退散したんだ。でも、数回が限界でね。
だから、人間の中に父ちゃんのような天使が伏兵として隠れる必要があったんだ。
それに、その子供が魂の繋がりで、普通の人よりも強い精神を持つ事ができる。
さっきのハヤトのように、簡単に精神武器を扱えるんだ」
「ほー」
「だからと言って、ただお前を兵士とするためじゃない。
自分達の考えは、間違っていない事の証明だよ」
親父はそう話すとおもむろに人差し指をリュウアに向けた。
リュウアはガクンと膝をつき倒れる。
その背からは六枚の翼を持った人が起き上がる。
『ラファエル』
柔らかそうなショートの髪に細い体は少女のようだった。
その背には大きく不釣合いな白い翼。
そして『ラファエル』は完全にアンドロイドから抜け出し透明な円筒の中の白い卵の中に消えていった。
卵のなかのシルエットは外に出ようと卵の殻をなかから押しだした。
ゴボッと液体が気泡を出す。
そして円筒は数本の太い管がその液体を吐き出した。
こっちにまで液体が流れてくる。卵に繋がれていた管が外れる。
コン、コンコン、コン……。
叩いている。
外に生まれようと、その扉を叩いている。
生まれても、人間の防御策としてしか使われないと言うのに、そとを『ラファエル』は望んでいる。
ピシッと小さく卵にヒビが入る。
それが『ラファエル』が叩くたびに広がり卵が割れた。
円筒の中にいる濡れて動かせない翼を背負ったラファエルは少しぐったりとしていた後、目を見開き円筒の壁を叩いて何かを必至で訴えた。
「何!?」
親父は顔色を変えた。
優しい目が焔のような輝きをともす。
「ハヤト、
《魔族》だっ!」
その言葉に慌てて手に持っていた増幅器を被る。
耳鳴りが大きくなる。鼓動も、手が熱くなる。
「伏せな――」
その言葉が言い終わらないうちに親父は俺を引き倒し、フッとこの地下室の明かりは完全に消え、闇が訪れる。
「父ちゃん、コレ……」
「しっ!来るぞ、ルシファーだっ」
言い終わったとほぼ同時、今まで聞いた事ないような大音量の爆発音とともに信じられないほど大地が揺れた。
そこら中に瓦礫が落ちてくる。
「うわぁぁあっ」
「手を上に! 手を上にして、ドームを思い浮かべるんだ!
全てをはじくドームを!」
上に……ドームを!
ガタガタと揺れるからうつ伏せだと顎をひどくぶつける。
おかげで頭の中で浮かび上がったのはひしゃげたドーム半球になってしまった。
俺の光はその形通りに広がって瓦礫を消失させる。
「よし、よくやった!」
隣で伏せている親父は伏せたまま、ガッツポーズをとる。
しかし、それもつかの間だった。