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史上最低の神話 4


 急に俺が作った半球は霧散する。
「ああっ」
白く、禍禍しく輝く光が、俺の半球を破壊したのだ。
「愚かな人間よ。なぜ神の意志に逆らうのか。
死を先伸ばす事は汝等の苦しみを伸ばす事に同じと言うのに」
破壊され、ぽっかりと口をあけた天井から声が降りてくる。
「くっ」
反射的に立ち上がった親父は親父は握り締めた拳をその声のする方へ突き上げた。
俺よりも真っ赤な光が強く鋭く、その白い光へとばされた。
さっきの爆発音と同じ位の爆音と閃光が起きる。
「ミカエル、神に代わる者と呼ばれた者よ。
なぜ、神に背を向け人間を助ける。我にはその思考がわからない」
ラファエルとなったリュウアもその声の源を睨みつけている。
「神の癒し、ラファエル。そなたも、か。
やはり、我にはわからぬ。なぜ、失敗作を持つのか。
なぜ、我等が主にたてつくのか。分からぬ」
白い光の中、親父が攻撃した所に黒く人影が浮かび上がる。
十二枚の翼を持った、天使。
「そなた等、主に牙をむき背を向ける天使よ。
主は、命令を我に下した。その意味わかっておろうな……」
天使は漆黒の翼を広げた。
スクリーンのように吸い込まれる闇の中に映像が浮かぶ。
老人だ……。
一人の老人が顔を覆って泣いている。
「何故、分かってくれんのだ……。何故」
緩やかに降りてくる。白い光はだんだんに薄れ、その背後に巨大な満月があるのがみえる。
映像の老人はハッと顔を上げた。あどけない子供のように――いや、実際には子供に若返っている。
「そうか。失敗作だから、分かってくれなかったんだ! そうか!! 
あはははははっ。
じゃあ、もういいや。失敗作なんていらない。
消しちゃおう!もう、いいんだ―――」
子供の無邪気な笑い声と瞳は嗚咽と涙に代わり、年老いた。
「駄目だ……。殺しちゃ、駄目だ……。駄目なんだよ……」
また、老人は子供に戻る。
いいや、消しちゃえ、殺しちゃえ、と騒いで飛び跳ねるが、また老人に戻る。
教え方を変えようと、決心しようとするが今度はさっきより短時間で子供に戻った。
殺せと繰り返す。
老人になって悔やむ、涙を流す。
だんだん老人でいる時間よりも子供で要る時間が長くなり―――いつしか殺すぞと叫びまわる子供だけがうつりだした。
そして言う。
「このぼくに刃向う天使は、消滅しちゃっていいよ。一欠けらも残さず永遠にね!」
そして、けたたましい胸がムカツクような子供の笑い声が響き渡り翼の闇の中に消えていった。
天使は言った。
「我が名はルシファー。第三の目で世の行く末を見るもの」
ルシファーは、堕ちて悪魔王サタンになったはずじゃ……。
「弱き人間よ。悪魔は存在しない。汝等の弱き魂が創り出した幻想である。
元は汝等の醜き心なのだ」
見据えてくる闇の瞳が、考えを見透かしてくるようだ……。
「見損なったぞ、ミカエル。そなただけは、と思っていたが……。
天秤の針は人間に細工されたのか?」
無表情だった声に、哀れみと悲しみがこもる。
「貴方こそ何故分からないのだ!
人間が、どんなに素晴らしいものであるのか、何故わからないんだ、ルシファー!!」
音もなく降り立つ十二枚翼の天使に、親父はミカエルの姿になって叫んだ。
漆黒の長い髪に同じ色の闇を思わせる、十二枚の翼。
ミカエルとは対照的である。
親父は翼も腕も広げ、俺と円筒の中のまだろくに動けないラファエルを守るように全天使長ルシファーの前に立った。
「見損なったぞ」
「見損なったのは私たちのほうだ」
「人間に懐柔されたのか?」
「そんなこと、在る訳がない。貴方こそ、神に懐柔されたのだろう」
親父はきっぱりと言った。
「神は狂っていらっしゃる」
「ああ。狂っているかも知れんな」
「ならば、私たちに手を貸してほしい」
「しかし、汝等のように裏切るわけにもいかない。
そして神を狂わせたのは他でもない。人間の下らぬ戦いの為だ。
神はひとつのことを言われたのに人間はそれを理解せず、愚かにも戦いを何度も繰り返した。
よって、我は同意する」
「人間を滅ぼすのを、貴方が同意すると……?」
「このままでは、人間は自ら自滅する。
それも魂さえも残らぬ、虚無の道を選んでいる。魂の消失を防ぐ。
しかし、今からそのために線を引きなおす事は叶わん。
だからこそ、線を断ち切りひとまずの生からの解放をする。
不完全な人間達の為にそうする事は罪か? ミカエル」
「貴方がその線しか見えないのは、完全の神のためだ。
不完全な人間は完全な神にはもってない物を持っている。
私と、私の仲間たちは、人間の魂と関わり交わってそれによって不完全になってしまった。
しかし、不完全だからこそわかった事があり、完全には見えないものがあるってことに気がついた」
「ほう。言うてみせよ」
「[可能性]だ。
不完全を完全にしようと努力し、その結果道への選択肢が生まれる。
確かに人間は愚かだ。でも、神にも出来ないことができる。
それは可能性を切り開くと言うことだ。だから、望みはある!」
「無い。神は全てを知っておいでなのだ」
「全てを知っているのなら、このように私たちも、この地球エデンも生み出す必要は無かったはずだ」
「……交渉、決裂だな」
「そのようだ。残念ながら」
「さらばだ、兄弟よ!」
白い光がその闇のような翼から立ち上がり、襲い掛かってきた。
「馬鹿にするな!ルシファー!!」
親父の白い翼から真紅の光が立ち、その白い光を迎え撃つ。
「ハヤト、防御!」
咄嗟に言われた為、俺はあせってしまった。
ドームの像が上手く仕上がらない。
赤の光はとてもあやふやに動いた。
「ミカエル! 人間なんぞに己の背後を守らせた報いを受けよ!」
一筋の光が俺の精神力を突破し、円筒に突き進んだ。
円筒に分厚い壁を……!
俺の手から精神力が放たれるがその一秒も満たないほど、俺よりも一瞬早く白い光は円筒を貫いた。激しい閃光で目がくらむ!
「ラファエル!」
「リュウアぁあっ」
ほとんど同時に叫んでいた。
「他人の事を気にしている場合ではなかろう?」
嘲笑も交えてルシファーは気をそらしてしまった親父に一気に攻め立てる。
互角だった親父は一挙に防戦に追い込まれてしまった。
「どうした?そのようでは、そなたの子供とやらも殺してしまうぞ!」
言っている先から光の矢を送り込んでくる。
俺は精一杯自分の前に光の壁を厚く作り出した。
高い耳鳴りと、ぎりぎりと体を締め付ける感触で気が狂いそうになってくる。
白い光は赤い光の中をもう少しで通り抜けそうになっている。
パンッと軽い音がしたとき、壁は突き抜けられてしまった。
眼前に迫る死の光。
「うわあああああっ」
目を硬く閉じた。
死ぬ時とは、どのような感じがするものなのだろうか、と頭の片隅のどこか冷静な部分が呟いている。
精神武器の耳鳴りが今までで最高にひどい。
「ハヤト……!」
親父の声がすぐ正面から聞えた。
眼を開けたとき、俺は絶叫した。
翼を半分失った親父が立っていたのだ。
俺のほうへ、優しく腕を広げて、微笑みながら……。
倒れてきた親父には、重さというものがまるで無かった。
ただの幻覚が倒れてきたかのように……。
「弱く罪深い人間の何処が良いというのか。
現に、空間転移を犯してまで護ったそなたの息子という人間は、こんなにも愚かである。
哀れなミカエル、最愛の理解者よ……。
そなたは最期まで、我を理解する事が、かなわなかったな……」
ぐぃっと親父の髪を掴み頭を上げさせる。
手が熱い。燃える様に……。
「さらばだ」
ルシファーは漆黒の翼に静かな光を集めだした。
「うああああああああっ」
ルシファーが放つよりも先に俺が精神力を放った。
大きく逸れ、ルシファーは俺に冷ややかな目を向ける。
今だ……!
「安心していろ。お前も後を追わしてやる」
翼の先の光は強く輝いた。
曲がって―――俺のところへ来い!
白い光が翼を離れたと同時、赤い光はルシファーの右半身を爆破した。
「やった……!」
ルシファーの光は、気絶していた振りをしていた親父が咄嗟に防いだ。
「いや〜。人間ってさ、騙すのも騙されるのも結構得意なんだよな。
不完全だから」
「くっ……」
さらさらと空中に溶ける切断部に手をやるとこっちを凄い形相で睨みつけてくる。
「今回は、ここで引いてやる。この痛み、忘れぬぞ……」
ルシファーはそう言うと揺らめいて消えた。
「はひぃ〜」
親父は親父の姿に戻ってそんな溜息をついた。
「あ〜、助かった。
でも、父ちゃんが今の防御してくれてなかったらマジで死んでたんだよな。
父ちゃんが俺が喰らうはずの攻撃を代わりに受けてくれた時倒れてきたろ?
……その時、俺、ホントに気絶したのかと思ってよ―――」
「ああ、アレか。あん時は本気、本気。
ハヤトがルシファーを攻撃した時起きた」
起きてなかったら、と思うと滅茶苦茶に怖いぞ。
「あ……あのさ。聞いていいかな。
父ちゃん、『神が狂った』とかって話してたけどさ、一体なんだったんだ……?」
「宗教、さ。この時代にも色々な宗教があるだろう?
昔は、もっと多くて、今よりももっとその中でいがみ合いをしたりしていたんだ。
元はと言えば、全部同じ一人の神が人間達に言った言葉が色々と曲解されちゃったりして、それぞれの宗教に発展していってしまったんだ。
その神様は、《愛》を、互いに仲良くして暮らしなさいって事を言ったんだが、その声を聞いた人は崇められたい、と感じてしまってありもしない言葉や掟を造ってしまったんだ。
それで色々な宗教になって、宗教戦争だ、差別だ、って起こってしまったんだよ。
だから、神様は悩んじゃってね。気が狂うほど悩んでしまったんだ。
それで、人間を殺してしまおうと考えたんだよ。
まあ、大体の大まかな所はそんな感じかな?」
なんか、はた迷惑だ。
「少しの辛抱だよ。人間がその考えを改善すれば、過ぎ去るから……」
親父はため息をついた。
「……ラファエルも消滅してしまった・・…。
人間は、対抗するためのものを、一つ失なってしまった……」
「……」
ああ。そうだ。 
ラファエル―――いや、リュウアはいなくなってしまったんだっけ……。
性別不明・性格不明・言葉の抑揚性無しのクラスメイト、リュウア・サナイは実は天使ラファエルで人間を助けたいという願いがあった。
でも、その願いは果せずに……。
今日、初めて喋ったんだったよな……。
「ハヤト、ちょっとラファエルのいたところに行ってみよう」
親父はそう言って、俺を促した。
瓦礫の山、砕け散った特殊ガラス。おびただしい血。
何も言えなくなった。
即死、だったのだろうか?・
もしそうなら、それが一番いい。
願いが果せなくとも、少なくとも痛みはほんの一瞬だったのだから……。
「おい、ハヤト、ハヤト」
親父が何か見つけた。
『RY+A』の大きな卵殻の破片。
その下を見ろという。


 引っ繰り返した。
子供が、素っ裸で手足を縮込めて目を閉じていた。
その背には何かがくっついていてものがもげたように血を流している。
「ん……」
目を開いた。
「良かった……。消滅していない―――って、ああああ―――――――っ!!」
その声の大きさに体がのぞけってしまった。
「こ、子供になってる……!ワタシの、翼は!?」
子供―――リュウアと呼べばいいのかラファエルと呼べばいいのか―――は俺の首を掴みゆさぶった。
「翼がないと精神力が使えません! 
と言う事は、人類の防御が出来なくなっているんです!
しかも、成長するまで! どうしましょう!!?」
「ど、どうしましょうって言われったって、――ぐえええええ……」
首がどんどんきつく絞まる。
「……」
考え事していた親父は口を開いた。
「ハヤト、うちへつれて帰りなさい。
母さんには説得するし、そのための生活費は政府に父ちゃんが言って貰って来るから」
「えええええっ」
「うわぁ!ミカエル、ありがとうございます!」
「一応、護るとあんな大声で言っちゃった責任なんだぞ。ハヤト」
うううう。
「そうそう。
父ちゃんもこの翼を治さなきゃいけないから、今日から父ちゃんも家に帰りまーす!」
「天使で、死人って所はどうすんのさ?」
「誰が人前に姿を現すって言ったかい?」
ニィッと笑うと親父は俺のピアス型発動機に触れるとその中に入り込んだ。
[ラファエルは、こんな事出来ないからね。
ちゃんと面倒見るんだぞ]
五歳ぐらいの体のラファエルは、いつのまにか俺がさっき脱ぎ捨てた上着を着込んでいた。
そして、俺のかばんを見付け出すと自分の肩にかけ、俺の手を握った。
「よろしくお願いしますね。『ハヤトお兄ちゃん』」
[おお、愛しきこの運命――!久ぶりのわっがや―――]
この、のんき者どもめっ……! 

母さんにどうやって、説明すればいいのだろうか……。 


天使嫌いになりそうな予感がしてきたぞ。      


Fin

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