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アイスクリームとチョコレートソースの比率 1

 卵売りのおばぁさんがうちの店―――(無名なんだけどね)魔法道具屋『だんでぃ・らいおん』の扉を叩いた。
「……卵……いらんかね…、卵……。…竜…の卵だよ……」
真っ黒いローヴのフードを目深に被って声しか聞えない。
まぁ、そもそも声が良く聞き取れないんだけどさ。
…それにしても妖しい。
というよりおかしい。
変だよ、このおばぁさん!
第一半袖で一日中家の中で過ごしてても暑いってのに、この真夏の真っ昼間、太陽がギンギンギンギン照ってる時間にそんな格好してる奴で正気な人がいるなら紹介して欲しいものである。
と、私の本能が言っている。
「いらんかね…」
でも、何にも聞かないで追い返すには可哀想な程大きくて真っ白い卵を持つの手としゃがれた声だ。ここで老婆心。
「どんな卵なんですか?」
「そりゃあ、あんたっ!」
異様なほど嬉しそう―――
「生まれたて一匹でこの街三つ一晩で壊滅さぁ!!!」
「却下」
私は扉を閉めた。
奥から店長が声を掛けてくる。
「誰だったんだ?」
「変態さんでした」

日が落ちて星が綺麗に見え出したら閉店時間。
『開店中』の看板を『本日閉店』に替えて床を掃く。
品を補充して足りないのを帳簿につけてほこりを払う。
で、収支付けて日誌をつければ、私の仕事は終わり。
もう収支は判ってる。−2金貨だ。今日も売上0だし家賃を渡す日だったからね。
食費はかけてない。
森に『落ちていた』ウサギを焼いて食べたから。
――俗に罠にかかっていた、とも言いますが。
あと今日の心配といえば、森の狩人さんが怒ってないかどうかだけだ。
証拠は一応隠滅しといたけど。
日誌はなんて書こう?

[今日も客なし。変なおばぁさん、竜の卵を売りに来る。その竜は生まれたてでもこの街三つぐらい一晩で簡単に壊滅させられるのだそうだ。もちろん断った。うちの店にはもう、『破壊者』は店長だけで十分である]
これでよしっと…。
ノックの音がした。
反射的に体が固まる。
どんどんノックの音と速さが大きく速くなっていく。
……狩人さんかな?
ウサギの骨は庭に埋めたし、皮は今店長の手によって魔法道具『幸運のウサギ足』に生まれ変わっている最中である。
……いかん。ばれるな…。
「ちょっと、リッシュ・ライオン居ないの!?」
両手のノックの乱れ撃ち《ノックラッシュ》の中に女の人の声だ。
隣のイレースさんの声でも大家のレイチェルさんの声でもない。花屋のティナさん…じゃあちょっと声が違う。
もしかして…女狩人さん…?
「出て来いってば!蹴破るよ!!!」
それだけはご勘弁。
私は慌てて扉を開いた。
「すいませ――ぐっ?」
突き上げる衝撃が胴に入った。
息が一時的に吸えなくなり目眩のように視界がぶれる。
「あっごめんね!」
という女の人の声とともに私は、私の意識としては尻餅をついたと思ったが実際は違った。
私の体は何ら抵抗無く、既に、しかも勝手に反撃に出ていた。
左手で相手の突き出されたままになっていた腕をなぎ払い、右手のフェイントに加え回し蹴りを叩き込んでしまっていたのだ。
「ひゃあっ」と女の人の口から短い悲鳴が上がる。
見れば彼女の方が尻餅をついていたのだ。
「ああああああっっ!申し訳ありません!ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」
本当、全然攻撃する気は無かったんです。本当です、と私は米つきバッタのように頭を下げた。
ッと言うよりなんで!?
何で私が店長が万引きした人に対してする事をこの人にしちゃったんだろう!?
そう思いながら私は女の人を助け起こした。
燃えるような紅の髪色……。
雪の国の方の人なんだろうか?
白樺の匂いがする。
あっちじゃ、白樺を薪にして燃せるほど白樺が多いんだって。
「大丈夫だよ。あたしの体はそんなにヤワじゃないから。でも、あと2回喰らったら駄目かも」
女の人の狐みたいな切れ長の綺麗な目はその言葉とともに私の心をえぐる。
「それに、先に間違いでも手ぇ出しちゃったのあたしだからね。お嬢ちゃん、リッシュ居る?
ここの店長」

私は彼女達を中に通した。
達って言うのはこの女の人―――ジリアンさんには連れがいて、随分とのんびりとした顔の、長い黒髪の男の人、バジルさんが居たのだ。
居間のテーブルの椅子に腰掛けてもらうとビワの葉のお茶を淹れる。
「じゃあ、呼んできますので少々お待ち下さい」と私は店長の部屋(別名:ごみため―――もとい魔法実験室及び魔法道具製造室)の扉を開いた。店長に客の来訪を告げる前に爆発音が響く。
「馬鹿野郎――――!!お前らなんざ何処にでも行っちまえ――っ」
店長の怒鳴声と煙ともに何かが飛び出してきた。灰色の毛並みの――――ウサギ足…。
それだけがピョコタンピョコタンと動き回っている。 かわいいけど気持ちが悪い。
そしてウサギ足は去っていった。
もう一度煙の中に目をやるときらきらと輝く糸が見えた。十中八九店長の長い金髪だろう。
やっとこさ出てきた店長は髪で口と鼻を覆っていた。
ついでにむせて咳き込んでいる。
少し落ち着いてからボソッと――
「ヒゲ、伸ばそうかな…。そうすれば、少しは煙とか吸わないでいいかも知れん」
「それだけは、止めてください。それより店長にお客さんです」
「客ぅ〜〜〜?」
露骨に嫌そうだ。
「本日閉店の看板が読めないようなおタコさんにはお帰りいただけ」
「そうはいきませんよ。私、その人蹴っちゃいましたし…」
「それはお前の過失だろ?」
ごもっとも。
「そうですけど、店長〜。お願いですよ、何でも言う事一つ聞きますから」
店長は「ちっ」と舌打ちをしながら居間に出た。
「やっほー」
「何でここに居るんだ?ジリアン…」
ジリアンさんがひらひらと手を振る。店長は唸った。
「お久し振り〜。相変わらずお砂糖細工だね。ついでに口の悪さも変わってない」
「お褒めいただきありがとうよ。何の用だ?」
「そこのお嬢ちゃん、預かってるコだっけ?立派なカウンターだったよ」
「だから、何の用だよ?店に新しい商品加えなきゃいかんのだ」
店長って、砂糖細工で出来てったっけ?
「オルヴ」
「はい?」
「『砂糖細工』ってのは『女に不自由しないだろう』って意味なんだよ。女は甘い物好きだろ?」
「昔も、今も、女の子引っ掛けてるとか?」
「冗談だろ?かれこれ11年お前を育ててるんだぞ?そんな暇あるかい!」
「はいはいはいはい」
そうでしたね。15歳で5歳の私を引き取って下さったんでしたっけね。
「2人とも、そんな奇術師組合の隠語の一つぐらいで喧嘩してんじゃないよ。せっかく美味しい話、持ってきてやったって言うのにさ」
「ほう」
店長はバジルさんの隣に腰をかけた。私もその隣、四角いテーブルを囲むようにして座る。
「………美味しいといえば…」バジルさんがポッツリといった。
「一体この世に何人が素晴らしき七対三の黄金率を知っているのだろうか…」
「「え?」」
私と店長はほとんど同時にバジルさんを見た。
穏やかで優しい感じは何処なり、深刻に悩んでいる。
こっちまで悩みたくなる―――彼が何に悩んでいるのか…。
「気にしちゃ駄目だよ、お嬢ちゃん!こいつお菓子作りが好きでさ、いっつも『美味しい』にこだわるんだ。それで、美味しい話って言うのは―――」
「やはりトッピングとしてバニラには―――」
「五月蝿いよ、バジル!!で、話って言うのは卵を取りに行かないかって事。大っきなルビーの卵。しっかりと依頼人も居るし、1つ20金貨は下らないね」
20金貨!?100グラム189銅貨の豚のばら肉がどの位買えるかな!
「確かにいい話だな」
「でしょ?儲けは7−3でね」
「…7−3…。やはりビターなブラックチョコ…」
「おいおいおい、冗談止めてくれよ!ルビーの卵っていえばロック鳥だろ?4−6だ」
「いや、ロックチョコはあまり薦めない。硬すぎるし」
「そっちこそ何言ってんだよ!このあたしが苦心して持ってきた話だって言うのに何で、あたしの取り分が減ってるんだい!!百歩譲って59−41だね」
「59―41か…。ジリアン。さてはお前、通通り越してマニアだな」
「なんだ?その半端な数は?キチィッと4―6にしようぜ」
「4−6――――けっ。素人のシロちゃんがやることだな。お子ちゃまと蜂蜜でも舐めてるのがお似合だ」
「じゃあ、千歩譲って6−4だね。例え。愛するあんたが色に出たとしても譲れないね」
「6−4―――」
「「バジル!少し黙っててくれ」」
ジリアンさんと店長のダブルアタックでバジルさんの口は封印された。
相手の魔術師の口を塞ぐ為の護符がご丁寧にも張られている上、力任せの張り手が効いたようだ。でもさ、何で5―5にしないのかな。
しかもジリアンさん、バジルさんには分け前を上げないような事言っているし。
「で、話を元に戻すが…。だーれが妖怪なんぞに色に出るかい!!その上、またこっちの分け前が減ってるぞっ」
「誰が妖怪だい!失礼な魔法暴発雪崩男だね」
だんだん金銭交渉じゃなくなってきていると思うの私だけかな?
「この狸女!」
「あたしは狐、命が惜しかったら二度と間違えるんじゃないよ!このガーゴイル!」
ガーゴイルって、悪魔になった石像の事だよね。
確かにいえてる。だって、いつも何か壊す時は表情変えないんだもの。
変えないというより微笑をたたえてるんだっけ。

 口論開始1時間後キリが無いので私は先に部屋に戻って寝た。

 朝起きて居間に行くとテーブルの上に三人のいい年した大人が爆睡していた。一体何時まで騒いでいたんだか…。
「5−5でいいじゃないですか」
そうぼやいた私の耳に飛び込んできたのは
「5−5そいつは塩の入れすぎだああ」
いつのまにか護符が口からはがれたバジルさんのありがたぁいお言葉だった。
「わかった…。5―5で手を打つよ」
ジリアンさんは朝食を見るなりそう言った。
メニューは鳥の骨(肉屋さんでもらえる。無料)でとったダシに野草を入れたスープ。
岩の塊のようなパン。
そんなに変かな?
これよりひどい時には水と店長が作ったモノ(植物か動物かわからない)だし、ジャガイモが見つかっただけでも有難いよ。ジャガイモは団子にして旅に持って行っちゃうからね。
「これはこれでなかなか美味しいよ。でも、塩を少し入れたらどうだろう?」
「最近塩が高いんですよ、バジルさん」
「このスープには一皿に三振りの塩―――」
聞いちゃ居ないね、この人…。
「オルヴ、行くぞ」
「あい?」
「卵盗り。場所的にここから四日で行けるし―――」
「嫌です」
ジリアンさんはにっこりと微笑んだが、私は即答した。もちろんジリアンさんに負けない位の微笑返しだ。
「お願いだってば。ここにいる全員、お嬢ちゃんを除いて間接攻撃しか出来ないんだよ」
「店長はここ三年間格闘技大会で、連続優勝してますよ。それに…」
ここが大切。
「年端の行かない子供に前線張らす気ですか?」
「何事も経験だぞ、オルヴ」
「そうそう、ケーキを焼くのだって―――」
「それは関係ないな、今は」
「リッシュはリッシュ。気にしちゃ駄目だよ。あんなにいいカウンターに出れたんだから」
ヒドイ……。
「嫌ですっってばホント…。何回か行きましたけど全部ひどい目にあってるんですからね」
「「大らかに生きろよ、人間だろ?」」
いいですよ。結構ですよ。私は平和に生きてる植物になりたい…。
「オリヴィア、何か忘れてないか?」
店長の亜麻色の目が意地悪く輝く。
その視線が脳に直接揺さぶりをかけ、一つの台詞が浮かび上がった。
―――店長〜。お願いですよ、何でも言う事一つ聞きますから―――
「Ok.Master」
「上出来」
店長はその顔に良く似合う笑顔を出した。でも、だまされないぞ!!
私は一つって言ったんだから前線には出ないからねっ。
そう誓った途端、私の顔のすぐ横を何かが凄まじいスピードで通り過ぎた。背後の壁がボコッと妙な音を立てる。
「おやぁ?スプーンがどこかに行ってしまった。オルヴ、悪いけどもう一本出してくれ」
店長がさっきと同じ微笑をたたえる。
「はい」
立ち上がった時ちらりと横目に見えた光景は、しっかりと壁にはまったスプーンのオブジェだった。

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