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アイスクリームとチョコレートソースの比率 2


「あの、ロック鳥ってどんな鳥なんですか?」
「大きいよ」ジリアンさんは研いだナイフの刃を調べながら言った。
今、オレトの街から半日ほど離れたランツウィックの村の馬の無い荷馬車の中にいる。
もちろん幌なんて無い。
馬はバジルさんと店長が調達しに行っている。
「そうだねえ。卵一つお嬢ちゃんの胴体以上かな。で、飛行時速100kmだったっけ」
「帰らしてください」
「駄目。でも安心してよ。好物は馬だったしさ、あたしらを食べるはずが無いって」
不安だぁ。
馬がつながれた。4頭立ての荷馬車の御者に、灰色のマントの店長が名乗り出る。手綱を握り威勢の良い声をあげた。
軽快に4頭の馬が走り出す。
道がでこぼこでがたがたと揺れるけど、早くて気持ちがいい。
「オルヴ、後ろのあのおじさんが快く貸してくれたんだ。お礼に手を振って挨拶しといてくれ」
 こうかな?私は頭が少し禿げ上がった小太りのおじさんに手を振った。
「煤蜃島???!!!」
 ? 何か騒いでいる。
よく耳を傾けてみた。
「おらの馬っこ、返すだあぁぁぁあ!!馬ドロボ――――――――――――――!!!!」
私は見る見る自分の顔が蒼くなっていく事に気がついた。そんな私を知ってか知らずか
「は―――っははははははははっはははははははははははははははははははははっ!
は――――――――っははははははっはははははは」
と高笑いだ。そして更に手綱を鳴らすと…
     馬が加速した。 
まさに悪魔のフェスティバル。
この惨劇は思い出したくもない。
ジリアンさんは更に加速を促し、バジルさんは例によって例のごとく、訳の判らないことを言っていた。
「馬肉の桃色って綺麗だよな…。肉の味を付けずに生クリームにあの色をつけられたら、どんなに良いだろう…」
バジルさん、貴方は何を考えてんですか。

 パチパチとはぜる夕食後の焚き火の横で私はすっかりいじけて縮こまっていた。自分のうかつな一言により、冒険、しかも戦闘となったら最前線で剣を振るわなければならなくなり(本当は近くの引退した傭兵のお爺さんから習っているのは剣技だけで、格闘なんか出来るはずがない)、その上ショックを受けている。
店長は馬ドロボーをしてきて、もうランツウィックの村を変装なしで歩けなくなったから、私のテンションどん底どん詰まりだぁ…。
「お嬢ちゃん、これ食べる?」
「あの、お嬢ちゃんて止めていただけたら良いのですが…。あまり慣れてないのでちょっと…」
「言い難いんだ。オリヴィアって」
十分言えてるじゃないか…。
彼女は長い棒に刺さったいくつかの白い物体を私に薦めてきた。
焼いたのだろうか?見かけのぽよぽよとした感じによらず、表面が固い。
そして長い棒。
どこかで見た気がする。
側面から見るととても平たい。
金属だ。
…これは…もしかして―――
「熱いから気をつけなよ」
「これなんですか?」
「マシュマロ」
「ましゅまろ、ですか」
「知ってるか?」と店長が口を挟んできた。
「マシュマロって言うのはキノコなんだ。あの白いキノコ―――マッシュルーム、だっけ?まあ、それがモンスターになるとマシュマロになる。弱いし甘いから鉄串に刺して―――」
「!?じゃあっ、この棒、やっぱり私の剣なんですね!!!!!!」
「ん。まあ、そうとも言う、な」
非道い―――。私が初めて剣所有者の免許取った時の剣だったのに――――!!!
「人の剣に何すんだぁ!!!っばかぁぁっ」
私は自分の背負い袋を手にとって走り出した。もちろん手にはマシュマロのついたままの剣を持って…。
「起きろっ」
私の足は馬を蹴り、体を馬の背に乗せた。そして馬を駆る。
店長達が叫んでいるけど、もう知るもんか私は、帰るんだ!
「戻れオルヴ!そっちは崖なんだっ」
その声が聞えた時、私と馬は宙を浮いていた。

私の頭は、混乱していたが、馬のいななきと落下音の中に空気を切り裂く音が聞えた。
突如として落下感から一瞬にして上昇時の重圧感にかわる。
「?!」
「キェエエエエエーーーーーー」
私は馬ごと馬鹿でかい鳥に捉まれていた。羽を大きく広げて測れば8メートルはゆうに超えるだろう。巨大なコンドルのような姿だ。
絶対、私の頭ぐらい一口だろう。
でも馬が好物だっけ?
駄目駄目駄目!!助けなくてはいけない。
あのおじさんに無断拝借してしまったんだ、極力傷つけちゃいけない。
自分だけ助かろうなんて――。
鳥は急に高度を下げた。
耳がピリピリと痛い。
そもそも目なんかあけられないけど、やっとこさ薄目が開けられた時には、目の前に流れる様に近づいてくる草原があった。

 フワッと鳥は月明かりで蒼々と見える草原に私と馬を降ろした。
逃がしてくれるのかな?それともここが巣で……。
前者だと信じよう。そうじゃないとやっていけないよ。
「ありがとうございました。では、私はこれで」
私は馬の手綱を持って行こうとした。(方向が分らないけど)  
「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ……!!!!」
「ひゃっ」
鳥は私だけ、私のみを掴み夜空へと舞い上がった。
耳がキィンと痛む。
でも幸い、私の手は自由だ。
剣は鞘に入っているし、軽い鎧は背負い袋の中その他の食糧、光虫珠も中だ。
それに背負い袋は、ずれて手が届く位置にある。私は光虫珠を一つ掴み出した。
ピンと指ではじくと小さな光が透明な球の中心に現れ、光があふれ出す。
やわらかい光が鳥を気づかせた。        
「グゥギ?」             
「もし安全な所に降ろしてくれたら、これあげるんだけど……」         
「ギュウ?ギギギッ」         
「まだあるよ」            
「ギィイッ ギュイイイー」 
なんとなく悩んでいる様だ。   
「ギィ」
わ、笑った!!鳥が邪な笑みを作った!
どうやってつくっているのかわからないけど恐いっーーーよもや、こいつ,私を殺して全部盗ろうと言う魂胆じゃああるまいな……。
悪い方に考えちゃだめだってば。
うん、絶対――きっとーー多分いい鳥……だよ……。
鳥は、急降下を開始した。旋回しながら高度を落す。
私は木の枝のカタマリの上に放り出された。ゴンッ頭をひたすら固い物にしこたまぶつける。
光虫珠の光に映し出されるのは――紅い宝石、巨大なルビーだった。
「これは……卵?」
光を近づけると向こう側に赤い光、ルビーの影が現れた。中には確かに卵黄を思わせる丸い形の影が浮いている。
「グェエ」
カプッ
頭を嘴に挟まれる。
ゴリゴリゴリ
あ、人の頭を、何すんじゃい。
私は、鞘ごとで鳥――ロック鳥の頭を叩いた。バコンと良い音がする。
「ギゲェゲゲゲゲゲゲゲ……」
まずった!!
怒らせてしまったようだ。楽しんで食事しようと思ってた食べ物に逃げられると思ったのか、怒った彼女(卵産んでるから)私を嬲り殺し食べることに決めたようだ。
ジリアンさんの「ロック鳥は馬が好き」と言うセリフは何処に消えたんだろうか?
「ね、ねぇっ これ欲しく――――」
光虫珠を見せたが意味がなかった。
ロック鳥は咆哮上げる。
「無いんですね」
嘴による突きが連続で繰り出される。
私はそれを避けると、かろうじて逃げ出した。
こうして一夜中続く壮大なスケールで素晴らしい鬼ごっこ、弱肉強食の世界が、半径6メートル足らずの崖の横の巣で幕開けされたのである。
一つハッキリした事といえば…どっちにしろ、この鳥は私を殺し、荷物を奪うという事だ。

空も明るくなりかけた時、つい太陽を見てしまい私は転倒した。
考えても見てよ。
私は一晩中逃げ回り疲れきっていた。
足もガクガクとほとんど動けないし、嘴から身を守る鎧なんか着る暇もなかった。
おかげで体中傷だらけだ。
鳥の攻撃をもろに喰らう事はそんなに無かったけど、どうもこうも巣材の枝が走り回れば回るほど体を傷つける。
おまけに今気がついた事。
其の1:朝日が昇れば店長達が助けに来てくれるなんて甘い考えは捨てる事。
其の2:体力はもう空っぽであるという事。
絶望的である。
立ち上がる気力すらもう無い。
そういえば、4歳ぐらいの時お父さんが言ってったっけ。
『誰かと行動する時、癇癪は起こしても一人で突っ走る事は止めなさい。ロクな事が起きないから』
でもね、お父さん。お母さんと部下の人連れて冒険に出たまま帰ってこなかったのもその事をずっと言い続けたお父さんなんだよ。
今でも待ってたんだけどな…。
逢えそうにないや。
ロック鳥の鋭い鉤爪を持つ
肢が眼前に迫る。
諦めよう、そう思った。

―――諦めた時が死ぬ時だ。………だが

「教えられちゃってるんだよね!!―――死ぬ前に最善を尽くせ、死んだらどうにもならねえだろう―――って!」
私は逃げ回っている最中落した抜き身の剣が傍らに落ちているのを見つけていた。それで細かな鱗に覆われている肢を貫いた。
「いつも消極だけが、私じゃないよっ」
驚いた事に私の気力は、お父さんの言葉によってそがれた分以上に店長の言葉によって回復していたのだ。
ロック鳥は奇怪な悲鳴をあげて飛び退った。
そして、空中で体制を立て直すと私を凄い眼で睨んできた。
私が私である限り、一矢報いるまでは死ねない!
私は立ち上がらなかった。
立ち上がっても気力だけじゃすぐに倒れるのは目に見えている。
それなら、攻撃の仕方を一定にさせて、転がって避けた方がいい。
ロック鳥の攻撃方法は最低2つになる。嘴か、鉤爪か。
それだけだ。

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