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アイスクリームとチョコレートソースの比率 3


自分でいうのも気恥ずかしいけど、この攻防戦は熾烈を極めた。どちらも決定的な傷を相手に負わせる事が出来ない。
私は逃げるし、ロック鳥はダメージを完全に負う前に空へ舞い上がるからだ。
でも、私の方が分が悪い。
冗談抜きで、剣を繰り出す速さも攻撃から身をかわす速さも気力の低下と共におちて、ロック鳥に押されだしている。
そもそも気力だけでここまで何かやったのは、店の大売出しセール中、冒険者が店にごった返してるって言うのに店長と2人してインフレンザを引いた時以来かもしれない。
あの時、熱でふらふらしながらレジ台に上って暗算気力でフル回転したんだっけ。
最後の客さんが帰ったあとやっぱり2人でぶっ倒れて気がついたら治癒神殿で返済に困ったという苦い思い出付き。
で、今の状態。
あの時以上に、ぶっ倒れる事間違いなし。
私は剣ごと跳ね除けられ、とうとう倒れる事と相成った。

 悔しい。
やっぱり、何事にも経験が物を言うのだろうか?
私には店長の言うことを実行するほどの力が無かったのだろうか?
せめて、一撃でも良かった。
鳥は、私の髪を嘴で引っ張り体を持ち上げる。
顔が、太陽の方角を向いた。
眩しい。
風が強い。
夏なのに寒い。
今、冒険に出てなかったら、朝ご飯作っている所だろうな…。


 ひゅぅんっ
急に、何かが通り過ぎる音がした。
私の体は巣に力なく落ちた。意識だけは少ししっかりしている。
何かが私の髪を切り、放してくれたのだ。
「フィン・ラーダ!」
懐かしい声だ。限りなく落ち着ける。
「ぐわあああっ」
何かが、私の襟首を捕まえ、懐かしい声の発信源、店長の所、隣の崖から突き出た棚へと運んだ。
「なんか言うことは?」
そう対して離れてなかったのに懐かしい、亜麻色の鋭い眼が私を見下ろした。
「ごめんなさい」
「傷、ひどいな。額が割れてる。ジリアン、手当てを」
私は地面の上にひかれていた布の上に下ろされた。
布の色は灰色。たぶん店長のマントだ。
降ろしてくれたのは紅い大きな狐―――白樺の香りがする―――。
「ジリアンさん…?」
狐はそうだといわんばかりに目を細めた。
「ちょっと悪ふざけが過ぎるな」
「ああ、そうだね」
店長とバジルさんが言うのが聞えた。ジリアンさんの塗る傷薬がしみる。
「お仕置き?」
「いや、お礼。うちの店員をここまで丁寧に扱ってくれたんだからな…。行くぞ!!」
印を組んだ店長と弓の弦をリュートのように弾こうとしているバジルさんが見えた。
気がつけば、私は彼らにこう、言っていた。
「私も……行きますっ」
大人たちの唖然とした顔が私を取り巻いていた。
「お嬢ちゃん…。あんた、今度こそ巣から落ちて死ぬよ」
「今でも死にそうじゃないか。あとで美味しいお菓子あげるから、ここで寝ていてよ」
「せっかくマントに結界施して置いたんだ。寝て回復を待て」
三者三様のなだめ方だ。ロック鳥は今ここの周りを旋回している。この結界、姿を消す効果もあるようだ。
「嫌です」
頑として私は受け付けなかった。
いつも思う事なんだけど私は人が一生懸命やっている時にのうのうと見ているのが嫌だ。
結構大変な店番をやっているのも、店長が一生懸命品物を作っているのを知っているからだ。
「もし、足手まといだとしたら?」
私は言葉に詰まった。分っている。でも―――
「前線に立つのは私しかいないのでしょう?何も出来なくても囮にぐらいなれます」
「言ったな?オルヴ…。後で泣くなよ。」
店長が何の感情の無い声で言った。
ホントの所、ゾッっとした。
つい勢いでも、囮はかなりヤな仕事だ。
でも、何もしないのはもっと嫌だ。
「リッシュ…!君は―――」
バジルさんの漆黒の長い髪が風に舞っている。
店長の黄金の髪と交じり合い、不思議な感じがした。
「今からやる術は、昔俺が自分で封印した技だ。ちとあとで体にかかる負荷が大き過ぎてな。本当冗談抜きで動きたくても動けない時だけにやっていた」
ジリアンさんが巻いてくれた白い包帯の上から、店長の大きな手が額を触る。
「本当に、戦う気だな?もし、少しでも逃げたらそのあとの手当てはしない。いいな?いくぞ!!」
店長、私に最後の選択させてない!
迷ってた所だったんですってばっ!
短い気合と共に店長は私の額に直接魔力を放った。
重い何かが突き抜け体中を縦横無尽に走り回る。
傷が魔力が抜けていく際、異常に痛んだ。
でも、それはすぐに収まって嘘のように消える。
相変わらず包帯には血が滲んでいるけど。
「ねぇ…」
ジリアンさんが言った。
「やっぱりこれ、危ないんじゃないかい?」
「俺もそう思う」とバジルさんが同調する。
私はひたすら不安を覚えた。
「お嬢ちゃんてさ、魔力からっきし0なんでしょう?」
「どちらかっていえば、僧侶系むきの聖力ならありそうだけど…」
「なら余計……ねぇ…」
私の顔も2人の顔も蒼白になっていくのが分る。
「あ」

「フィィィィ――――――ラァっ!!!」
店長のなんのへったくれの無い呪文は渓谷にこだました。
直径一メートルはあろう火球が怪鳥に炸裂する。
羽毛にいくつかの炎が燃え移る。
憤怒の咆哮をロック鳥があげると烈風が吹き炎を消し去りこちらにも真空刃の余波が襲い掛かる。
「シルフィード」
ヴィンと弓が鳴る。
落ち着いたテノールが精霊に更なる魔力を持たせたのに気がついた。―――ほんとはね、精霊とか見えなかったんだ。
さっきの店長の考えなしの行動のおかげで見える。
愛らしい女の子が成長し凛々しい少女へ姿を変える。
「行け、ジン」
少女は鳥の翼に憑いた。
上手く飛ばないかのように失速し鳥の高度が下がる。
そこを店長が見逃すはずがない。即座に印を組むと叫んだ。
「ドリュンジェ・マグナ」
ボコぉっとそばの崖の一部がはがれ、ロック鳥を狙った。
怪鳥は逃げようとして更に高度を下げる。
「行くよ、お嬢ちゃん!」
ジリアンさん本来の姿、紅い狐の背に私はいた。
左手にはジリアンさんの首のあたりの毛を巻きつかせてある。
彼女は少し傾斜しているとはいえ急な崖の壁を上り丁度鳥の真上に飛び上がった!
心臓が詰まる。
胃袋が口からでそうな落下。
ジリアンさんは口からほとばしる火炎でロック鳥の背を焼く。(これ位しなきゃ、奇術師は駄目なんだって)
「ギュウガガガガガガガガガ―――」
私は右手の剣を振り上げた。その時苦しんでいるロック鳥を見て思ってのは
「卵、守りたいのかな?」
だった。

 剣を鞘に収めた。
三人が驚いた表情をしている。そのままジリアンさんは巣に着地した。
「店長!その岩を鳥に落さないで下さい」
パシィッと岩の落下が停まる。
鳥は火を消すように体を岩に叩き付け出した。
そして、火が消えると巣から少し離れた所でじっとしている。
「一体何しようって言うんだ?」
私は質問にこたえなかった。
「本来、どうやってルビーの卵をとろうとしたんですか?」
と、代わりに私は店長達に聞いてみた。
「囮を使ってそっちに鳥が気を取られているうちに盗み出すんだ。」
もしかして、私囮要員?
「なら、もういいでしょう?あっちに行っちゃってるんだし、今なら盗めますよね」
「ああ」
満場一致。
「ただ、おまえはどうなんだ?」
「そりゃあ、ここまでボロボロにされたのは腹が立ったけど。もし、卵を守るためだったら、本能っていう物ですからしょうがないですよ」
動物愛護の精神。
「あたし、お嬢ちゃんを攫って行ったの食べるためだと思うよ」
「やっぱり、殺しましょうか」
乙女心と秋の空。
「ドーブツはアイゴしましょう」
薄利多売はいけないのかな。
「それに、今更殺すのもなんだしな。さっさと卵を頂いて帰ろうや」
店長達はいっせいに卵を見る。
5つの血の様に紅い宝石で出来た卵―――。
と、同時に黒い影が瞬時に通り過ぎた。
見れば卵が一つしかない。

―――――誰かに盗まれた―――――

そう思うとせっかく手当てしてもらった傷がガツンガツンと痛くなってくる。
「あれだけ、頑張って、一つ…?」
ジリアンさんの言葉。
まともな人ならこーいう時異常なほどの痛み(肉体的苦痛)とショック(精神的苦痛)を一度に受けたら
――――失神。


 気がついたら、懐かしい香りが鼻をくすぐった。
薬草と不思議な香りの混ざる所。
私はその場所を一つしか知らない。
うちの店―――魔法道具屋『だんでぃ・らいおん』だ。私の包帯は清潔な物に換えられ、頭には冷スライムが乗っている。
2段ベッドの上にはジリアンさんが眠っていた。
私は彼女を起こさないように静かに居間に出た。
「やあ、良く寝れたかい?3日間ずっと眠りっぱなしだったんだよ」
バジルさんだ。今は長い黒髪をひとつに結んでいる。
店長の姿は無い。
ん。甘い香りがする。でもそれより―――
「あの、店長は…」
今回勝手な行動取りすぎたから謝らないと。
「商人組合の会合だって」
バジルさんはにっこりと微笑んだ。
「オリーヴちゃん、よく頑張ったね。弱音を吐かなかったじゃないか」
この人は珍しくまともな『オリヴィア』に対する愛称、『オリ―ヴ』と私を呼んだ。
弱音はいっぱい吐いた。
ちっとも頑張ってなんか無い。
「僕からのご褒美だ」
そういうとバジルさんは隣に置いていた箱を取り出すとヘンなものを取り出した。
硝子の器に入っている、白くって甘い香りのするもの…。
「あの、私弱音いっぱい吐きました。だからもらえる資格なんか、無いんです」
「気にしなくていいよ。肩の力を抜いていい。知っているよ。君はこの冒険が4回目だったんだよね。それでも偉いよ。僕なんか20回超えるまでずっと君より言いつづけていたんだから」
さあ、溶けないうちに。とその器を私に押し付けてきた。
冷たい。
箱の中に氷の精霊でも入れてあるようだ。
バジルさんはチョコレートのソースをゆっくりと少しかけた。
「君は、ビターチョコレート慣れてないだろ?だからミルクチョコレート」
口に入れると、ゆっくりと溶けていく。
甘くて、優しい味だ。
チョコレートのかけ方もいいと思う。
多過ぎず少な過ぎず、本当においしい。
「アイスクリームって言うんだ」
アイス、クリーム…。初めて聞いた。
「くかああああああああっ!!暑い暑いっ。外は猛暑だ、歩いてなんか居られるか!!」
「「おかえりー」」
「いんやぁ、即卵を換金に行ってくる。ジリアンを起こせ」
バタバタと汗まみれになった服を脱ぎ着替える店長に私は勝手な行動をした事を謝った。
それに対して「今度から気をつければいいさ」と意外なお言葉。
「お、いいもん食ってんな。バジル、俺の分ある?」
「もちろん。ビターチョコレートでいいな?」
「おまえの作った菓子にはずれなんて無いだろ。それに、食ってから行くよ」
店長は席につくと出されたアイスクリームを口に入れた。満面の笑顔である。
「美味いっ」
少ししてジリアンさんがでてきた。赤毛のポニーテールが少し寝癖で跳ね上がっている。
「あ、いいなあ」
「ジリアンのもあるよ」
バジルさんが取り出そうとしたときジリアンさんは断った。
「帰ってきてから食べるよ。それよりもバジル。ロック鳥の卵は?腐ってるとやだな腐ってるとやだな」
バジルさんは台所に消えた。嫌な予感がしてならない。
「ほら」と見せた物。
確かにルビーの卵だった。
ただし殻だけ…。
ルビーなのに真っ二つだ。
ひどい静寂にこの空間一体が覆われた。
「…まあ、これも卵だった訳だし、大丈夫だよ…」
「…うん。まあ、そうだな…」
店長と私はもう一度箱の中に器(中味入り)を戻してもらうと、ジリアンさんに連れ立ってその依頼者の所に行った。
大きな立派なお屋敷を目の前に躊躇する。
中に通された私達はさらに躊躇したくなった。
縦にも横にも巨体のオバさん。
その人がどっかりと腰を据えていたのだ。
「で、みせてくれるかい?ロック鳥の卵」
包んでいた布をジリアンさんがさっと取った。
せっかく傷が見えないよう丁寧に重ねておいた卵の殻は無残にもゴトッと大きな音を立てて分かれた。
「なんだいこれは!!中身が無いじゃないかっ!!プリン70人前つくるのに殻が必要あると思ってんのかい!?金なんか払えないねぇっ」

 帰りの道中私達は何もいわなかった。
そして店につくと席に座り7―3の黄金律を破りビターチョコレート・ソースをなみなみと注いだアイスクリームを口にしたのである。
ほろ苦い。
「人生って苦いなぁ…」
 店長が言った。
それに私とジリアンさんは頷く。
何のことか知らないのはバジルさんのみ。
お腹が痛くなっても、私達は山のような『ロック鳥印アイスクリーム』を口に入れつづけたのだった……。


後日談。
またあの変な卵売りのおばぁさんがうちの店の扉を叩いた。
今度は荷車を引いて来た。その上には血のように紅い2つの大きい卵…。
「卵……いらんかね…。……怪鳥…ロッ―――――――――――――」

私は扉を閉めた


Fin
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