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聖夜の矛盾 1

今日はね、世界を救ってくださる我等が一人神の御子様がお生まれになられた前の日だからお祭りをするの。それからその日は誕生日プレゼントみたいにお父さん達から贈り物をしてもらえるの。メインイベントはサンタさんがやってきて、子供達の枕元にプレゼントを置いて行ってくれる日なんだよ。


 「店長、今日ってお祭りらしいですよ」
 私は店の前の雪かきを終えて中に入ると言った。
少しでも止んでる間に雪を店の前から払わないと扉が凍りついてしまう。面倒だけど、やらなくちゃいけない。二ヵ月後くらいには、もっと雪が降り続くから。
まだ、体が部屋の温度に慣れない。当分はコートを来たままでいよう。
暖炉に濡れてしまった靴下を干して暖めておいた新しい靴下をはくと、少しホッとする。
雪でベチャべチャの手袋も干しておこう。
靴も乾いたのに替えないと。
「何の?」
 店長は帳簿から顔をあげないままやっと尋ねてきた。また、赤字ぎりぎりになってるのだろうか。空気が重い。
魔法道具屋って、意外と大変だと思う。危険なものは一般の人には売れないし、魔法の巻物なんて冒険者とかじゃない限りあまり買っても意味ないもんね。冬場は特にそう。照明用の光虫珠か暖房用の火尾ぐらいしか売れないし、冒険者も冬はあまり動かないから。
「救い主サマが生まれる前の日のお祭りなんだって聞きましたよ」
「ふうん」
「楽しそうですよね」
「まあな」
「やってみません?」
「へ?」
 店長はやっと顔をあげた。まだまだ若い。聞いた話によると今の店長の歳は十八歳位なんだそうだ。『聞いた話』になってしまうのは、私があまり人の年令を当てられないから。私は今八歳だから、ここに来たのは3年前。という事は店長は十五歳になる前からこの店をやっているという計算になりそうだ。
「大人がプレゼントをくれるらしいです」
「お前は物目当てか」
「ダメですか?」
「......まあいい。何が欲しいんだ?」
「大きなクマさんのヌイグルミ!」
 ふかふかして、ぎゅーってするんだ!
「......熊、ねぇ......」
 店長は立ちあがった。キレイな金色の長い髪に暖炉の光がキラキラはじける。
「ついて来い。外に行くぞ」
 店長は物置から何かとりだして真っ黒いコートの上に灰色のマントをつけて、外に行ってしまった。
うわぁ、本当にこのお祭りってプレゼントがもらえるんだ!
もちろん行く! 行きますよっ。
でも、何を持っていったんだろう?
そんな事はいいや。
帽子を被り、乾いた手袋を掴むと私も外に飛び出した。

 着いた所は子供用の雑貨屋、じゃなかった。
街を出て、城下のソアルとの間にあるウェグリオの森の最南端。街から五時間くらい歩いた気がしてならない。
「ほら」
 店長は私に何か棒みたいなものを渡した。
小さめの斧......?
「がんばれよ」
 そう言って、店長は隣に立っていた大きくて太い木に登っていった。
「冬眠中だから、かなり怒ってるだろうな」
「『冬眠中』?」
 不思議な音色が辺りいっぱいに響き渡った。いつの間にか店長の手にラッパらしき物が握られていた。
「なんですか、それ......?」
 胸が、いつもよりも早くドクドクと動き始める。
「ぐわあああああああああああっ」
 その吠え声に後を振り向くと、真っ黒い塊がこっちに凄い勢いで突き進んできてる!
「しっかりせんと、食われるぞ」
 頑張れ―、と手をふる店長がこれほどまで恨めしいと思った事はない。
熊みたいなそれはもうそのヨダレに濡れて光る牙の細部まで見えるぐらいに近くに来ている。
「てぇぇぇぇんちょぉおぉっ」
 無理です! 普通、八歳児に熊退治させる人が何処に居るんだ!!
「うわわああああっ」
「グガアアッ」
 熊の臭い息が顔にかかりかけた時、私の体は急に上に引っ張られた。雪の中に靴が残って脱げた。
「やっぱり、無理か」
「当たり前です!」
 店長の魔法で空中に浮いたまま私は怒鳴った。
「だって、大きな熊の剥製が欲しかったんだろ?」
「剥製じゃないですぅ......」
 ヌイグルミがいい、って言っただけだったのに......。
「......怖かったよぉ......」
 とりあえず怒鳴った後で、なんだかホッとしてしまうと涙が出始めた。
「―――」
 堪えようとしても、無理だ。後から後から涙が出る。
「帰るか」
 私はうなずいた。
店長は印を組んで魔法で熊を追い払うと、靴をとってくれた。
それをはくと、少し涙が出るのが収まってきた。
「乗りな」
 すごく珍しい。突然の事でよく分からなかったけど、反射的にうなずいた。
魔法を使うと、雪の中でも風みたいに私を背に背負ったまま店長は走っていく。
街に着いた頃にはもう、涙は出なくなった。


「じゃあ、何がいい?」
 また動物のものを言ったら、さっきと同じことになりそうだ。
少し考えて一つの答えが出た。
「お菓子がいいです」
 これなら妙なことはされるまいて。それに、お菓子みたいなものはあまり買えないから珍しいんだ。
魔法道具屋はあまり儲からないから。
「......」
 店長は脱いだコートにもう一度腕を通した。
今朝よく磨いておいた鏡の前でキレイな金髪を入念に何故かチェックする。
「お、珍しい。枝毛発見」
 そう言ってナイフでその部分を切った。
その時だ。
 少しだけど火薬が爆発を起こしたような音と、黄金の光が、前に置いてあった鏡を破壊した。
「......今、何をしたんですか......?」
「枝毛を切っただけだが?」
 だって、鏡......。
「魔力は普通血の中に溶けこんでいるが、俺の場合強すぎて髪にまで進出してるんだ。切れば暴走状態になる」
 すごい危険というわけですね......。
収まっていた涙が出てきた。
「じゃ、行ってくる」
 私はその後姿を見送ったあと、慌ててコートを掴んだ。
店長が何をする気かなんとなく分かったから。
『ジェイコブス』。
髪のオシャレは『ジェイコブス』。
この街の領主オレト公爵も御愛用と言う有名なカツラ屋。
人の毛を買いとってカツラを作っているから、ナチュラルな仕上がり――というのが売り。
そう言えば、この間。
『ジェイコブス』の店長ハイヴェル・ジェイコブスさんがうちに来て、店長の髪を誉めていたのだ―――。

「店長! やっぱりいいですっ。お菓子取りやめてくださいぃい!」
 『ジェイコブス』に丁度入ろうとしていた店長に飛びついた。
金色の髪が顔をくすぐる。
「ほら、こんなキレイな髪を切ったらもったいないですよ!」
 『ジェイコブス』の店自体を壊すと思います。
「別に一日で元に戻るから別にいいんだが......」
 店長が奇妙な生物に見えてきた。
「やめるのか?」
「はい」
 私は大きくうなずいた。


「サンタさんに会ってみたいんです」
 私はお茶を沸かしながら言った。
「だって、夜のうちに子供達に贈り物をしていくんですよ?
 どんな人なんだろう」
「泥棒の逆バージョン」
 店長夢がない。
「サンタさんに会えるだけで今回のお祭りは十分です」
 暖炉は濡れた靴やコート、マント、手袋や靴下で飾られているみたいに見える。
「......」
 店長はまた黙りこんだ。
「分かった。じゃあ、今日はもう寝ておきな。サンタとやらが来れないぞ」
「はい」
 私がそう返事をすると店長は満足そうに自分の魔法研究室に入っていった。

 喉が乾いた。
それで目がさめた。
さすがは真夜中。
窓から見える通りの方からの光は雪以外何もない。
寒い。寒過ぎて、毛布を体に巻いて居るのに一歩一歩進むたびに骨まで凍りそうな気がする。
手さぐりで急な階段を降りると、食堂兼居間に出る。
暖炉の置き火がまだ少し強く燃えていた。
店長は、まだ起きているのかな?
雪明かりで明るいから、水瓶に近づいてコップに水をいれるのは簡単だった。
あまりにも静かだから、水をいれる音も飲む音も遠くまで聞こえるかもしれない。
......。
いや、静かじゃない......。
店長の研究室から話し声がする。
よく見れば、少し明かりがもれているのが分かる。
頑丈な木の扉が、ほんの少し開いていた。
覗くと......何かいる!
赤くて、緑色で、オレンジで、ヌルヌルで、なんて言うかアレは......生物じゃない!!
「はははっ。そうか、そう言うことか。おかしいと思ってたんだよな......」
 店長、何をそれと親しげに話しているの!?
「......悪いな。じゃあ、オリヴィアの所に行って来てくれ」
 何だって!?
ソレがどうして私の所に来るの!
慌てて階段を駆け登り、部屋の扉に鍵をかけた。
少し錆びついているから、ちょっとやそっとじゃ外れないはず。
ノックされても、寝ているフリをして開けなければいい。
耳を済ますと、ジュルっ、ジュルっと何かが階段を上がってきているのがよく分かる。
普通、ジュルジュルなんていう足音を立てる人間はいない。
常識。
じゃあ、今、ここに人間じゃない何かが向かっているということなのだ......・。
「うひぃっ」
 毛布を頭に被ったままだけど、その声は聞こえてしまった気がする。
慌てて口を押さえるが、ソレは動きを止めた。
 扉のノブを激しくまわす音が、死の宣告みたいに聞こえる。
うわわああああ......。
何かが折れた音がした。
嫌な音を甲高く立てて扉が開く。
すぐ近くにソレの足音が聞こえる。
ジュルジュルとすごく嫌な音。
吐き気がするような異臭。
来た来た来た来た来たぁっ......。
怖くて目がぐるぐる回る。
「うわああああああああああああああああああああああ―――――」
 誰かの悲鳴が上がった―――――。

 それから、何が起きたのか分からなかった。
気がついたら朝だったのだ。
夢だったらそれでいい。
悪夢だったんだ。
夢なら怖くないから――――。
私は伸びを一つして服を着替えようと手を枕元に伸ばした。
ガサっ、と何かが手に当たった。
「きゃあああああああああああっ」
 手に当たったもの。
それは、緑色のヌルヌルする何かの液体にまみれた熊のヌイグルミとお菓子の入った包みだったのだ―――。


 それ以来、私はサンタさんなるものの存在を力いっぱい否定するようになった。

 後日談といこう。
あの日、青ざめたまま贈り物を見つめていた私の所に、店長が私を起こしにやってきた。
「何やってんだ、オルヴ」
「て、てててってて......」
「ん? あ。アイツここまでサービスきかせてくれたんだ。
良かったな」
「あ、アイツ......?」
「お前が会いたい、っていうからわざわざ来てもらったんだぞ」
 あれが、サンタさん......。
「ちょっと違うらしいが。それにしても救い主って、何だったんだ? 今までの文献調べても『救い主』なんて文字すらでないしな。冬にやる祭りは冬の始めの『白華の祭り』、新年の『歓年の祭り』、冬の終わりの『雪去りの祭り』ぐらいしかないと思っていたが」
 何ですと?
「細かいものにしても大食い大会、談話大会程度だしなぁ」
 その時私は意識が遠のいていくのをはっきりと感じた。
この世界に只一人の救い主なんて、一人神の子供が世界を救うなんていう予言も事実もないのだ。
だって、この世界には沢山の神々が居てくれているんだら......。
 
 でも、十年経った今日、変なお爺さんに会った。
サンタさんを信じてたみたいで、なんかつぶやいて私にお孫さんへのプレゼントとおぼしきもの熊のヌイグルミとお菓子を押しつけて去ってしまった。なんか、悪い事をしたと思うけど......これはどうすればいいんだろう? 
そして、最後に言って残したあの言葉、『メアリー、クイズ増す』って......?

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