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聖夜の矛盾 2

ここに日記が置いてある。
『サンタクロース』
そう、名前が明記されている。
少しめくってみてみよう。
――今日は酷い目に会った。他の世界でわしの名を呼ばれた気がして行ってみると――
「ほうほう、わしの名を呼んだのはこの女の子か。どれどれ―?」
 わしはいつもの子供達の名や欲しいものを書きこんだ手帳を開いたのじゃ。
これにはいつも自動的に子供達の心が書き込まれる優れものじゃ。
『オリヴィア・ジェニアン 八歳。欲しいもの――大きな熊のヌイグルミ。人と一緒に食べれるお菓子』。
 きっと、下でまだ仕事をしていた長い金髪の少年にも分けようと考えておったのじゃな?よしよし。勿論、お安い御用じゃて。
いつもの世界では高い物ばかりねだる子供が多くて少し飽きてきておったとこじゃわい。
こういう素朴な物を欲しがるお嬢ちゃんは大歓迎じゃよ。
――わしはさっそくソリから降りるといつも通り煙突に入っていった。しかし、忘れていたのじゃ。少年がまだ起きているのなら、暖炉の火はまだついている事を――
「おわちゃああっ」
 わしの靴は耐火性じゃが、わしの足は耐熱性ではない。
思いっきり火を踏んでしまった。
お陰で火が置き火のように小さくなってしまった。
勿論、わしは慌てて息を吹きかけて火をたたせはじめた。
「なんか、声がしたな......」
 少年が、部屋から顔だけを出した。
わしは幸いテーブルの陰に身をかがめておったお陰で見つからなかったが、今度はお嬢ちゃんが降りて来おった。今度は大きな水瓶の横に身を縮めておいたが、お嬢ちゃんはこちらにやって来るではないか!
暖炉の所で足を止め首を傾げるとこちらにやってくる。
まずい、ばれたかのう......。
しかし、お嬢ちゃんは気づかずに水をコップに一杯飲み干すと、戻っていった。
ふう。とりあえず、侵入成功じゃ。
ただ、気になるのはお嬢ちゃんの部屋の戻り方じゃ。
あんなに慌てて足音を立てては少年が不審に思ってしまうではないか。
どうも、少年は相当な魔法使いのようじゃ。見つかって攻撃でもされたらわしは即行で主に会えるじゃろうな。
結局わしは、息を潜めたまましばらくそこに隠れていたのじゃ。
――お嬢ちゃんの所に行こうとした。しかし、なぜアイツがこんな所に居るんじゃ!?――
 ギシギシと階段が音を鳴らすのはわしが太りすぎたからじゃろうか? 仕方ないんじゃ。子供達がわしにお菓子や食事を置いて御馳走してくれているからのう。食べなくては申し訳ない。
いやいや、そんな事はどうでもいいんじゃ。
何故、この階段はヌルヌルと滑るのかが、問題なのじゃ。
これではうっかり落ちてしまう。
それに気をつけてやっと上がると、わしは見た。
何故かわしと同じ赤い帽子を被り、わしと同じ赤い服を身につけた球体不定形型異形生命体、俗にいうサタンを―――!
「うわああああああああああああああああああああああ――っ」
 わしは叫んだ。
悪魔がわしの格好をしておる!
いつもの世界なら信じられない話じゃっ。
サタンはいつもの世界なら遠慮なくわしを襲うじゃろう。
そして、この世界でも同じ反応を起こさぬとも限らぬ。
わしは即座にまわれ右をしてしもうた。
失格じゃ。
子供に贈り物を渡せぬまま帰ってしまうなんて。あげく、贈り物を落としてしまうなんて。
わしはソリの上に乗った時泣きたくなった。
トナカイ達がわしを心配そうに見守ってくれていた。そのなかで、一際目つきのわるいトナカイのルドルフがわしの側によってきた。
「ルドルフ......」
 ルドルフはふう、と溜息をついた。
「じじい、引退だな」
 わしは本気で一瞬引退を考えてしまった。

 ――十年後の今日。――
わしはもう一度あのお嬢ちゃんの所に行ってきた。あの時渡せなかった贈り物を持って、昼間に。
綺麗な透き通った青の瞳と髪は肩にかかるかどうかという長さで昔とあまり変っておらんが、なかなか優しそうな子に育っておった。
「サンタはおると思うかね?」
 わしは平静を装い、この世界の老人達と同じような格好をして、とぼけて聞いてみた。
聞くのは怖かった。わしはこの子に贈り物を渡せなくて、今日に至ったのだから。
「サンタ......?」
 不思議そうな顔をしてから、何か思いだしたような顔になった。
「あんな気持ち悪いもの、居るわけないと思いますが」
 わし、引退しよう......。
「あんなもの居る方がおかしいんです! なんだって、人のベッドにベちょベちょの緑の粘液残す生物が存在するんです!?」
「お嬢ちゃんにこれを......」
 わしの配る最後の贈り物じゃわい。今夜からは、ジョージに贈り物配りに行かせよう......。
そしてわしが最後にいうこの言葉もお嬢ちゃんにあげよう。わしはこれから南の島で永遠の休暇を楽しむ事にするわい......。
「メリークリスマス」
 さらば、お嬢ちゃん。またどこかで会えるといいのう。

 ――こうして、わしのサンタ人生が終わった。――
「ああっ! 何を勝手に見ておるか、ジョージ!」
 僕は体をこわばらせた。
「ご、ごめんよ、父さん。ただ、急に後を継げ、なんて言いだしたから......」
「んなもん、気にせずに仕事せい、仕事!」
「だって、僕はまだ二十歳だよ? サンタクロースなりうる髭や体重はまだないんだよ」
「わしがデブで髭怪獣だっていうのか! そのうちお前もなるんじゃよ、デブ髭怪獣にっ」
「そんなコト、誰も言ってないって!」
 僕は心の中で、『オリヴィア』に少し文句を言ってやりたくなった。
君さえ、サンタは居るといってくれたら―――。


   Fin

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