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紅き薔薇に祝福を 2


《逢対の儀―――エルフィの出身者》
 逢対の儀は通告書にあった通りに行なわれた。
しかし、グロリアが思っていた以上に質素であり、荘厳であった。
悪魔祓士十名破魔士七名。その内六芒星の陣に入り旅に出る事を許されるのは悪魔祓士、破魔士が二人一組と組んだ七組である。
グロリアの場合、選ばれなければ、悪魔祓士をあきらめねばなるまい。
その為か、彼女の口は真一文字に結ばれていた。
「白き花の無垢なる花蕾、シンカの望みを知る。
            悪魔をはらう者達よ、前へ」
 横一列に並んだ悪魔祓士達がダイス・ラック王と大司祭ファスの前に出る。選ばれる悪魔祓士は七人。
破魔士はあぶれる事は無いが、三人の悪魔祓士は確実に旅に出られない。
望めば、一人の旅に出られるが、望む者は居ない。
エメラルドの茎を持ち、剣の葉、柔らかな純白の蕾の気高い花。
それが、今グロリアの手に渡された。
「シンカの望みを知る花よ、テリトナの腕に渡れ」
 ファスの祈りに花が反応し、体の中を探られるようなくすぐったさを感じる。
三人の花が咲かずに枯れ、七人の花がその力に応じて色をつけ開いた。
謁見の間に芳しい香りがほのかに漂う。
枯れた三人とその師は王に一礼をし、退室した。
グロリアの花は見事、淡くも黄に染まって咲いていた。
「テリトナの祈り知るは黒き水晶。
           魔を破るもの達よ、前へ」
 まるでマスゲームのように破魔士達が王の前に出る。
右端にいる不思議に人目を引く濃い灰色の髪の少年から黒い石を受け取った。
「テリトナの祈り秘めたる石よ、シンカの腕に渡れ」
 少年の石はその瞳と同じく冷めた蒼だった。

 司祭達はそれぞれの花、石の色によって神託を得る作業に入る。
互いの力を伸ばせるようにと、石と花によって神託を望むのだ。
しばらくして、悪魔祓士と破魔士の一名ずつが呼ばれた。
組が決されたのだ。
グロリアの隣の少年が進み出た。
破魔士の列からも一人が進み出た。
二人はダイス・ラックとファスの前に進み出で、片膝をつく。
王が錫を振り、大司祭が祈りを捧げた。
「ケウェル地方へ。貴方がたにシンカとテリトナの祝福を」
 逢対し、新たな祓人となった二人は互いの石と花を交換し六芒星の陣の一角についた。
次、呼ばれるといいな。
そう期待したグロリアが名を呼ばれたのは足が立っているのも辛くなった頃の最後の七組目であった。

 「グロリア・コーウェン、 アラン・ケレス。前へ」

 呼ばれた。あの、目を引く灰色の髪の少年と共に。
彼女は初めての儀で《シンカの望み》に見出された。一回も見た事の無い儀である。手が、足が震えた。
ぎこちない動きでどうにか進み、片膝をついて頭をたれた。
先ほどまで聞こえなかった、王の振る錫の涼しい音。
魔法がかかっているのだろうか、心が静まる。
「セヴランド地方へ。貴方がたにシンカとテリトナの祝福を」
 ファスの節くれだった手からさっきまで見えなかった光、かけられている本人にしか見えないのだろうそれがまるで意思を持っているようにグロリアと少年の体に入っていった。
「痛っ」
左掌に小さな痛みを覚えた。
そこに昔からあったかのような位に自然な刺青のようなものが浮かび上がっていた。
大地を示す円とその上下にシンカとテリトナを示すシンボル。
ここまでなら普通の聖章だが円の中に薄く瞳を象ったようなシンボルが浮かんでいた。
不思議に思う暇もなく儀は進み、陣の中心を埋めるため二人は立ち上がった。

 「ひとまずおめでとうございます、グロリア」
リオンがグロリアに一礼をする。
「世間上では一人前と見なされてしまいますが、まだ卒業していない事を肝に銘じてくださいね」
「あの、先生。この地円章の中のって、なんですか?」
長々と説教をしだしそうなリオンの言葉を遮り、グロリアは掌の紋章を見せた。
それを見て、リオンは嘆息する。
「悪魔の紋章です。
あなたに敵意をもって近づく悪魔――大抵はそうですけど――が近づいてきた時にはもっとはっきりと見えるはずです。
強いて言えば、発見機のようなものですか」
「へぇ、すごいですね」
「大司祭様の話、本当に聞いていましたか? 
儀式の最後におっしゃられていましたよ」
「あ、この事だったんですか」
 ポンと手を打ち納得するグロリア。
リオンは一抹の不安を感じた。
「じゃ、ご教授ありがとうございました。行って来まーす!」
 旅人の為の皮の服を着、荷物を持ってVサインするグロリアをリオンは捕まえた。
「どうかしましたか?」
「……あなたという人は、やっぱり不安です」
リオンは腰につけた袋の中羊皮紙一巻を取り出す間、彼女の頬は膨れっぱなしだった。


 ミンシアは城から出ると伸びを一つしてソアルの街を歩き出した。
街の喧騒の中で、彼女は浮いて見える。それは滅多に『ジェア』から街に出ないためか。
彼女の耳には片方だけピアスがはまっていた。
紅の石で作ったそれは中にミンシア独自の紋章が浮き上がるように出来ているものだった。
ピアスは心なしか寂しそうに日の光を受け輝く。
たった今、一番弟子の旅立ちを見届けたのだ。
元気で、無事でいてくれれば逃げても構わない。
正直な気持ちはそうであるが、言葉にはしなかった。
大丈夫。自分に言い聞かせたが、不安でたまらないのは片方のピアスの行方が物語っている。
他の子達が旅立つ時も、自分は同じ気持ちになるのだろうか?
ふと、横を通り過ぎた背の高い青年の長く鮮やかな金髪が視界に入った。
懐かしく、只一人として同じ色の髪を持つ者は居ない。
―――あの人だ。
もし生きているのならば、その青年の見た目の年齢は合っている。
「あの、すいませんっ」
 思わず、声が出た。
青年は不思議そうに振り返った。
「“金色獅子”さんですか……?」
「……」
 青年の亜麻色の目。あの人と同じだ。
「“金色獅子”さん、でしょう?」
「……人違いじゃないか?」
「え……?」
 青年はミンシアに背を向けた。
口を開こうとした時、男の所に、二十歳前程度の娘が走ってきた。
肩までのの茶色の髪に深く青い目が良く映えている。とても素直そうな娘だ。
「店長、蛇犬の目なんて売ってませんよ。
ハーピーの翼なんかも論外です。今まで通り自分で採りに行ったらどうですか?」
「大至急欲しかったんだが―――。しょうがない。行くか」
「いってらっしゃいませ」
「お前もだ!!」
「や、嫌です! 私、店番してますから、ご安心を」
「人生何事も経験だ」
「もう、目一杯しましたぁっ! 恐い目にあうの、もう嫌ですっ」
「いやぁ、空が青いなぁ」
「店長―――――!」
 青年は逃げ出そうとするその娘の襟首を掴み歩き出す。
引きずられている娘と、ミンシアは目が合うが、すぐに目をそらしてしまった。
尋ねてはいけない。そう思った。


グロリアは改めてパートナーとなった少年と向き直った。
少年は人なつこい笑顔を浮べた。上手くやっていけそうだ、と彼女は思った―――
「はじめまして。エルフィの村出身のグロリア・コーウェンです。
よろしくお願いしますね」
少年の笑顔が凍る。
「……本気?」
「え?」
「本気で、覚えてないわけか?」
「えっと、……。どこかでお会いしましたっけ?」
 少年の笑顔が引きつっている。
「……。エルフィの村出身のアラン・ケレスです。よろしくお願いします。この馬鹿女」
「……ごめん。すっかり忘れてたわ……」
――――上手くやっていけるか、不安になった二人だった。


《カドレルの男爵家》
カドレルはソアルから港街セヴランドへ行く途中にあるいくつかの街町村の中では一番大きな街だ。
流通での基本点であるのは確かであろう。証拠として、かなりの賑わいを見せている。
そこに、祓人となった二人はいた。
大司祭ファスはセヴランド地方へと言っていた為この方角を通っていたのだ。
「今日、ここに泊まろうよ。って、聞いてる?」
 グロリアの尋ねにアランは応じなかった。それもそのはずである。
すでに街中に入って同じ年位の少女に声をかけていた。
――まるで、憂さを晴らすかのように―――。
「俺って、この街初めてなんだ。どういう所か教えてくれない?」
 あの、馬鹿!
「ええ? いいけど、どこから教えた方がいい?」
 少し頬を染めて答える少女にアランは駄目押しの極上笑顔を振りまく。
なかなか整った顔はこういう時に便利であろう。
「君の好きな所なら何処からでも」
「えー? 私には決められないよ? それに、教えられるほど上手く喋れないし」
「大丈夫、大丈夫。きっと上手く案内してくれるよ、君は」
 いつの間にか、アランの腕は少女の肩に回っていた。
アラン……! 
ここの地図も大司祭様から賜っているんだってば!
グロリアは周囲を見渡した。厳つい顔をした中年の男を発見する。
「あの、あたしここに来たばっかりなんですけど、何処に何があるか教えてくださいませんか?」
 手を前で組みながら言う。
「ああ、構わないが―――」
 男がそういった時、グロリアの目が光った。
「ありがとうございます―――――――アラン! 案内してくれる人見つかったよ―――!!」
「げっ!!」
 グロリアがアランに対し大きく手を振った。
それを見て、少女は「さよなら」とアランの手をパンと肩から払い落とすとそのままスタスタと歩いて行ってしまった。
「あ――っ」
 未練の悲鳴をあげるアランにグロリアは抱きついて止めを刺す。
「すっごく詳しいって。よかったよね、アラン」
 にっこり笑って、隣の厳つい案内人を示した。


「何しやがるんだよ」
「べっつに――」
「せっかく、案内人が出来るとこだったのに」
「別に女の子じゃなくってもいいじゃん。
そこら辺に人が一杯居たのに、わざわざ女の子探し出すんだから」
 それも、抜群のプロポーションのね。
「ああいうコのほうが細かい街の世情教えてくれたりすんだよ。
なんで、わざわざ厳ついオヤジ連れてくんだか」
「いいじゃん。結局はこの宿まで連れてきてくれたんだから。
それに、アランはいっつも町に着くと女の子に声かけ過ぎだよ。なんで?」
「自分で考えな」
 グロリアはアランの顔を覗こうとしたが、彼はそのまま彼女に背を向けてベッドに横になった。
「忘れてたのは『ごめん』って、何度も謝ったのに!しつこいよ」
「ふん。俺は何度そのセリフを聞かなきゃいけないんだ?」
「あんたが言わせるんでしょ」
 再会してから約二週間。今までの鬱憤と共にアランは怒っていた。
「とにかく。明日はさっきのおじさんのくれた情報で男爵の所に行くんだから、機嫌直しといてよ」
 返事をしないアランにため息をつき、グロリアは羊皮紙の切れ端を広げた。先ほどの厳つい男と話していて書き留めたものだ。
曰く、カドレル男爵家は近頃おかしい、と言う事がかかれている。
それも新月の日に近づくにつれて奇声やうめき声が屋敷から聞こえ、屋敷の周囲では通り魔的な事件が多発しているという。
グロリアはそれが悪魔の仕業ではないかと考えた。
新月に向けて、活動が活発になるとは悪魔に良くある事だからだ。
一説には満月には神話時代に〈美しき魔獣〉が力を一番に揮ったため、陰の気が悪魔の排出できなくなり、その名残で魔獣が力を潜める新月に活動を活発化させるという。
例外としては、相当強力な力を秘めた悪魔がいるが、話を聞く限りそれほどの力は無いのだろう。
 これなら、あたしにも出来るかな?
グロリアはアランの背中を見てため息をついた。
お金さえあれば、こんな重ッ苦しい空気の中で眠ら無くていいだけどな……。
安宿でも一人部屋を二つ取れば出発の際貰った金は無くなる。
難しい所だ。グロリアは、もう一つため息をつくと変に石鹸の匂いのする布団に潜り込んだ。


次の日、二人は自分達から男爵館に赴かなくて良くなった。
男爵の馬車が二人の泊まった宿へ、やって来たからである。
「お兄ちゃん!?」
グロリアは男爵家当主を見るなりそんな声を上げた。
同じ琥珀色の髪と瞳のまだまだ若い青年だった。
「アドルフ兄ちゃん?」
当主はにっこりと微笑んだ。
「やっぱり、グロリアの達の事だったんだね。卒業おめでとう」
 アドルフ・カドレルは喜んで同郷の妹と弟同然のアランを屋敷内に招き入れた。
あまりにも豪華な屋敷。
貴重な大硝子をふんだんに使い、屋敷内は何処にでも光が通った。
クリスタル・シャンデリアに金細工の額縁。
全てが、一級品で固められている。
グロリアの実家はエルフィの村長であったが、まるで比にならない。アランなどはもっての外だ。
「お兄ちゃん、何で男爵様なんてやってるの?」
「ここのお姫様と結婚したからさ。好きになったからね」
 なんてことは無い、とアドルフは笑う。
「ふわあああ」
 ため息とも、感嘆の声とも分からないものを妹はついた。
神殿に入って三年ぐらい経ってからアドルフが結婚したという知らせを受けたが、まさか男爵家とは。
「だらしが無いぞ、グロリア。とりあえず、食事をしようか。
叩き起してしまったから、朝食はまだなんだろう?」
「うん!」
 グロリアは、喜んでアドルフの後を着いていったが、アランは首をかしげていた。
大した男じゃないのに、よく、男爵家に婿入りできたな……。
もしかしたら、平々凡々な男に惹かれたっていう事なのか。
随分酷い評価をしているアランであった。
「これが娘だよ。シャル、おいで」
 アドルフは物陰からこちらを覗いていた小さな少女を呼んだ。髪も、瞳も父親譲りだが色は少し薄く蜂蜜色に染まっている愛らしい子供だ。六歳程か。
「シャランテーゼです。初めまして」
 子供特有の舌足らずの喋り方が、見る者を更に魅了する。
「かわいい――! 初めまして、シャル!」
「おねえちゃん。えっとぉ―――お褒め下さってありがとうございます」
 ぺこり、とお辞儀するさますら愛らしい。
「グロリアの初姪っ子のシャルだよ。
シャル、こっちがお前の叔母にあたるグロリアで、その友達のアランだよ」
「よろしくお願いします」
「いやぁ、可愛い! お兄ちゃん、抱っこしていい? するよ? 
―おいで、シャル! 抱っこさせてっ」
 グロリアは有無を言わさず、シャランテーゼを抱き上げた。
その時、左手に小さな痛みが走ったが彼女は気にしなかった。
「あ―――可愛い可愛い、人形みたい!」
 突然の行動に戸惑うシャランテーゼだが、すぐにそんな叔母に慣れた。
「聖職者って、もっと禁欲的だと思っていたよ」
「一般的にはそうなんだけどね。多分人形とか寮におけないからこうなったんだと思う」
「グロリアは人形とか好きだったからね」
 アランとアドルフは先に朝食に着いたがグロリアは姪っ子が空腹を訴えるまで抱きしめ続けていた。


「たのみたい事があるのだが……」
 アドルフがシャランテーゼを部屋に戻し、二人に向き直った。
「シャランテーゼに憑いている、悪魔のことか?」
 アランが平然と言う。
「嘘、シャルに憑いてるの!?」
「気がついてくれよ……」
 アランは、ため息と共に左掌をグロリアに見せた。
悪魔の印だという、瞳の形のどす黒い赤が浮かび上がっている。
グロリアも慌てて自分の物を見た。同じような物が浮かんでいる。
「え!?」
「な?」
「そうなんだよ。憑いたのは半年くらい前だったんだ。
祓人を呼んでも上手く隠れるし、家の中はおかしな事ばかり起きる。
頼むよ、どうにかしてくれ……」
 頭を抑えたままアドルフはため息をついた。
「妻も悪魔のおかげで気が狂って死んでしまった……。
シャルだけは助けてやりたいんだよ。……まったく、僕が何をしたというんだ……?」
 グロリアに良く似た琥珀色の瞳から涙がこぼれる。
見せないようにしていたが、どれだけアドルフが疲労しているか良く分かった。
「お兄ちゃん、何とかやってみるよ。
もし、駄目だったら大司祭様のとこに行こう。大司祭様にかかったら、きっと大丈夫だよ」
 グロリアが労わるように、兄の背を撫でる。
「何か半年前にやった? 
エルフィじゃ、あの時は大きな崖崩れがきっかけだっただろ? 
だから、今回も何かあると思うんだ。まず、そこから調べていかなきゃ。
俺等は天才のローザ・グリフじゃ無いんだ。一足飛びになんて出来ない」
「ローザ、グリフ……?」
 アドルフが、少し顔を上げた。
「エルフィの悪魔祓いをしてくれたあの人だよ、お兄ちゃん。
二、三日家に泊まったじゃない」
「……そうだったっけ?」
「そうだよ。やだ、忘れたの? 
黒檀みたいにキレイな髪で、目が薔薇の色のすっごいきれいな人だったじゃん。
あたし、あの人に憧れて悪魔祓士になる事にしたんだ。
今はローザ先輩は何処かに行っていて居ないんだ。
新年の儀も遠い所に居るから出れないって手紙が届くの」
「へぇ……」
「お前がローザ・グリフみたいになるって? 無理だね。未だに神史の暗唱が出来ないようじゃな。駄目駄目だね」
「失礼ね、出来るよ!」
 力一杯いうグロリアにアランは鼻で笑った。
「信じてないでしょ!」
「いやぁ、信じてるよ。ほら、偉大なる悪魔祓士さま」
「馬鹿にして!」
 パチパチと拍手して茶化し逃げるアランをグロリアは追った。
―――ローザ・グリフ――――
アドルフは元気な同郷の者たちを呆れつつも見守っていた。

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