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紅き薔薇に祝福を 4


《ラウダス・バール》
 全くなんだって俺がガキの手助けなんぞ面倒な事をする必要があるんだ?
ラウダスはトーズ行き乗合馬車を降りた。トーズの町からカドレルの一つ手前の町だ。
これから先は道が悪い為歩いていったほうが早い。
日も暮れだしているが、仕事は早く終わらせるに限る。
力のねぇ奴は死ねばいいんだ。人の手を煩わせることなく。
それが、ラウダスの持論だった。
彼自身、ローザ・グリフと並ぶと言われた才能の持ち主であったが、その人を見下した態度に評判は悪かった。
それでも悪魔祓士として働くのは最も自分の力が発揮され、金銭が入るからだ。
何にしろ、強欲な自尊心を十分に満たしてくれる被害者達の眼差しも捨てがたかったのだ。
何度も司祭達から注意を受けているが、切り抜けるような男だった。
司祭達としても決定的な処分は出来なかったのはラウダス、ローザクラスの力を持つものが確実に減っているための保守的にならざるを得なかったのだ。
「今回は、男爵とか言ってたな。……貴族って奴は、金を十二分に持ってやがる……。
ちょっぴり、お布施代でも戴こうかねっ」
 最短の道、マーガス山の岩場を登り終えて、ラウダスは一息ついた。
ふと、自分のよじ登っていた後を見た。
「なんだ、あの女……」
先の乗合馬車の中で見た女が岩場を進んでくる。
ボロボロにほつれ、変色した服。所々、土がこびり付いていた。
―――やばいぞ――――
おかしい。異様に素早い。全身の毛が逆立つような寒気を感じる。
鼓動が耳の奥で早くなり、血が逆流するような恐怖を感じる。
体が動かない……!
「何処へ行く?ラウダス・バール」
 風のような虚空を彷徨う声。
いつの間にか、目の前に立っている女。
バラバラの髪の間から見える顔は眼球も、鼻梁も、唇も、無かった。
闇のような穴がぽっかりと開き奥では何かが蠢いている気配がする。
「誰だ、お前は……!」
 そう口を動かしたはずなのに、声が出ない。
耳鳴りがするほどの、恐怖。
「君の口癖は何だったか……? ……ああ、そうだ……。
【力のねぇ奴は死ねばいいんだ。人の手を煩わせることなく】
だった」
 やけに骨ばり、細く白くひしゃげた指。
泥がついている、と思えば腐肉の欠片だった。
その指を、動けないままのラウダスの首筋に添えた。
「【力のねぇ奴は死ねばいいんだ。人の手を煩わせることなく】」
 口のあたりの闇の穴からラウダスの持論が飛び出す。
「君も、力が無い」
 ラウダスの体が一度大きく跳ね上がった。
「この幽鬼を助ける事もから逃ることも出来ないとは。情けない」
 もう一度、痙攣する。
「情けない。この幽鬼を天に返せないとは」
 女は手を離した。
動かないラウダス・バールを尻目に、そこに転がっていた背負い袋を拾い上げる。
そして、中を確かめるとそれを背負った。そのまま、先へ進む。
いつの間にか端正な容姿、美しい髪をもつ見事な女となっていた。
ラウダスは動かなかった。
動く事は無かった。
 

リオンから、簡単な伝書が届いた、
【今、一人の悪魔祓士が向かいました。
トーズ行きの乗合馬車に乗ったので三、四日でそちらに着くことでしょう。
それでは健闘を祈ります              
Leon Balzac】
「ねえ、アラン。申請が受理されたよ! 
えっと、今日か明日に着くからそれまで頑張ってくれって!」
「じゃあ、今日のをどうやってやり過ごすか、だ。外に出すな」
「分かってるよ……」
 グロリアはため息をついた。


「放せえぇええええっ。放ぁせぇええええっ」
 魔法陣の中で、シャランテーゼはのたうちまわった。
聖水を染み込ませたロープで身体を固定されているため、陣からでる事は無いが、凄惨な物だ。
首は異様に曲がり、口からは形容しがたい色の泡を吹く。
足はバタバタと宙を歩くように振り回される。
「お前は誰だ! 何の目的にこの子にとり憑いた!」
 魔方陣の集中を続けるアランの横で、グロリアは叫ぶ。
「言え! 誰だ! 何の為だ!」
 シャランテーゼは笑いながらも、のたうちまわる。
グロリアはアランのほうを見た。彼は静かに首を振る。
「苦しむ事になるぞ!」
「やってみろよおおおおおおお。」
「今よりももっとだ」
「出来もしないくせに、粋がるなよぉ。あははははははははっ」
 手の中のホーリーシンボルを固く握り、グロリアは空を仰いだ。
「[天の理、地の法、正義にてこの者に許しを与え給え]」
 光の剣が、シャランテーゼの胴に突き立てられる。
小さな身体は一瞬硬直した。
「これでもか! さあ―――」
「おねぇちゃ……っ」
 シャランテーゼは動くのをやめ、涙を流してグロリアを見た。
「痛い、痛いよぉ……」
 激しい喘ぎと、潤んだ蜂蜜色の瞳は本物の輝きを帯びている。
「痛い、……苦しいよぉ……。やめてぇ……」
 その越えにグロリアの顔が歪む。
「嘘吐き」
 グロリアは顔を伏せ、そのまま聖印を切った。
「[天の理、地の法、正義にてこの者に許しを与え給え]」
「きゃああああああっ」
 その叫びに耳を塞ぎ、光の剣の二本目が足に突き立つのを見ずに目を閉じた。
「痛い、痛いぃいぃぃぃいいいぁあはははははははははっ!
よく見破った、偉い偉い偉い偉い―――」
高らかに笑う悪魔に、二人は嫌悪と憎悪を覚えた。
「このぉ……っ」
 グロリアが傍らにかけておいた杖を振り上げた時だった。
「嫌悪は芳しく憎悪は甘い」
「しまった!」
 二本の光の剣は霧散し、シャランテーゼを縛っていたロープは朽ち果てた。
少女の蜂蜜色の髪が強風にあおられているかのように浮き上がり、何かがはじける音がしてアランの結界は破られた。
両手の平を傷つけられ、アランが呻く。
「あはははははははははっ。あはははははっはははは」
 衝撃が、祓人を襲う。
粉々に砕け散ったクリスタル・シャンデリアが降りかかってくる。
「[空の咆哮、大地の嘆き、風の綱にて捕縛させ給え!]」
 封魔の祈りを唱えるが、風の結界ができる前にシャランテーゼは打ち破る。
「グロリア、撤退だ! 今は手のつけようが無い。」
 グロリアの白いローヴがアランの握った所からその血に染まる。
「うん……」
「わが生命の炎よ、光となれ! エスタ・クゥム・リィン・フォーレ、光眩!」
 一瞬の光が部屋を満たした。それを直視したグロリアも目が眩むんだ。
アランに引っ張れるままに部屋を出る。
木の重い扉を閉めたときには、もう見えるようになっていた。

「くっそ」
 アランは舌打ちをした。グロリアが、その両手の手当てをする。
「たった、八日なのにね……。満月から……」
 覚醒してから、五日。
日ごとに強力になっていくシャランテーゼの悪魔に太刀打ち出来なくなっていく。
毎夜毎夜、自分の非力さを目の前に突きつけられる悔しさに、アランは舌打ちをグロリアは歯噛みする。
アドルフは避難していて無事だはあったが、今までよりずっと酷い症状だと頭を抱えた。
「もう駄目なのかな……」
「駄目なんて言わないでよ、お兄ちゃん! まだ出来る。
そう、思うからあたし達はここに居るんだよ! 
大体、お父さんであるお兄ちゃんがそんな事言ってたら、シャルは助からないよ!」
「そうは言ってもグロリア。僕は君達が傷つくのも嫌なんだ。
日に日に、ひどい怪我をしていく。それも嫌なんだよ」
「俺は、シャランテーゼが飲み込まれていくのも嫌だ。
自分は傷ついても、誰かを助けたい。それが祓人の心なんだ」
 ランプの光を浴びて、アランの耳に紅いピアスが輝く。
そこに、一人の師の葛藤が輝いている事をアランは知らない。
「死んでしまったら、元も子も無いじゃないか」
「死ぬ前に逃げるよ―――誰かを助けてからね。
そう、先生に教えられたし、教えられる前からそう考えてきた」
「それに、助けなきゃその人が死ぬんだよ」
「だからって、命を捨てる事は無いよ! 
もし君達が生きていたら、もっと助けられるじゃないか」
「だから、死なないって言ってるじゃん。
今も昔もこれからも命を捨てるマネなんかしないよ。ただ助けるだけだもん」
「そこに困った人が居るなら、助けたいと思うだけだもんな」
 自分より何処か割り切っている少年少女を見ながらアドルフはため息をついた。少し、呆れが入っている。
「……十年近く会ってないはずじゃないっけ?何なんだ、その信念の合いようは……」
「俺もローザ・グリフを見習って破魔士になったクチなんだ。
――――ローザがいつ、エルフィを発ったかを覚えてないけどね。
聖力もあったけど、魔力の方が高いからまずは、破魔士になった。そ
れに知ってた? 彼女は最初破魔士だったんだぜ」
 アランはにやりと笑った。

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