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紅き薔薇に祝福を 6


《あの人》
「大司祭様、申し上げます! 
リオン神学士長の派遣要請をされたラウダス・バール悪魔祓士様と見られる遺骸が、マーガス山中にて発見されました! 
現在警備隊、魔法士、神官による究明が行なわれておりますが、ラウダス様である可能性が非常に高くなっております」
 ダイス・ラック王の看病に徹していたファスはその知らせを聞いて、温厚な顔を悲痛に歪めた。
その場に居合わせた王も、厳しい表情を一層硬くする。
「遺体の状況は?」
「死後三日。ナーズ司祭による冥界検索の結果、魂は飛んではいないとの事でございます」
「嘆かわしい……。他人の魂までを喰ろうてまでして、何を望むのだ……?」
 ファスは聖印を切った。
「ファスよ、ラウダス・バール殿も大切ではあるが即刻対処せねば取り返しのつかぬ事になるぞ」
「リオン・バルザック神学士長は祓人グロリア・コーウェン、アラン・ケレスの為に応援要請をなさりました。
もし、《哀れなる魂》が入れ替わってしまっているとなれば危ないのはその子等かも知れません」
「悠長な事をいっている場合か!」
「悠長な事など申してはおりません。最良の策を考えております。
しかし、神託により出た方角でこの様な事が起こるとはまず考えられない事なのです。
つまりは、この事は極力祓人本人達が力を出さねばならないということでございます。
程よい助けでなければ、二人ともかえってお亡くなりになられてしまうでしょう」
「ならば……。冒険者組合長と魔法組合長を呼べ! 
登録表も忘れずに持ってくるように言うのだ! 
それと、獣人近衛《翔》隊の中から最も速く魔力を感知できる者を三人だ」
王は額に濡れた布を置いたまま叫んだ。それを聞き、大司祭は大きく頷いた。
「あの者でございますね。なら適任でございましょう」
「やっとわかったか」
王は大きく息を吐き大司祭に満足げな笑みを見せた。
脳裏にあの鮮やかな金が浮かぶ。懐かしい、何もかもが……。


「ねぇ店長。この人の波の中からどうやって紅い石のピアスをした濃灰色の髪、凍蒼の瞳をもつ男の子なんて見つけるんです?」
「それが問題なんだよな」
長い金髪の青年が首をかしげる。
「この前の女性がしていた紅いピアスの片割れなんですよね?
あれは、凄くキレイだったから覚えてますけど、それをこの人込みから探せって、無理ですよ。
『王様の命令でも無理なもんは無理だ』っていつも通り突っぱねればよかったのに」
 青の瞳の色を軽蔑の薄青に変えて剣士風の娘がぼやく。
「悪かったよ。今回は受けたくなってな――」
「何度も行っている通り気分で依頼を受けないで下さい! 変な所でお人よしなんだから」
 文句を言いつつ人を観察する娘も結構お人よしだ。青年はソアルで声をかけてきた女を思い浮べていた。
―――捨てた記憶が甦る―――
獣人近衛《翔》隊が運んできた依頼書にはその女の弟子ともう一人を助けてやれと書かれていた。
「店長、あの女の人の事、知っていますね」
「……!」
 娘は青年ににっこりと微笑んだ。
「じゃ、頑張ってその子探しましょうか」
 終わったら、昔の話を聞かせてもらいますよ。
そう言って悪戯を含んだような笑みを優しく浮べると、また視線を雑踏に戻して目を凝らす。
「すまない」
 確かに、青年は女を知っていた。女に恩がある。
だから、助けたい。だが――
如何せん、顔も知らなんからなぁ。
ふと、青年は顔を上げた。そして一言。
「……見つけた」
「へ?」
指の先には依頼書にかかれたとおりの少年がフラフラしていた。


アランは何をするでもなく街をぶらついた。
怒りに任せて男爵館を飛び出してしまったが、あれから数時間たった今はもう落ち着いている。
今は話し相手が欲しい。
今は自分から話しかけたいとは思わないが。
「あの、すいません……」
 娘の呼びかけに、アランは振り向いた。
「あの、私の友達が、あなたとお話がしたいそうなのでついて来てくれませんか?」
 少し恥ずかしそうに、アランより二、三歳年上に見える娘が話し掛けてきている。
純粋そうな青い目をしていた。
「俺、でいいんですか?」
「はい。はっきり言えばあなたじゃなければ駄目なんです。
ほら、後ろに居る長い金の髪の……」
 娘はアランの背後を指差した。つられてそちらを見る。
金の流れが見えた。
人の腕が、後ろからアランの肩から胸に回された形になる。
その手の平が鳩尾に触れた時、鈍い衝撃が彼の身体を突き抜ける。
「うあっ」
 突如として薄れ行く意識の中でアランが最後に知覚したものは、崩れる自分の体を支えるもう片方の腕と、誠心誠意を込めて謝る娘の姿だった。


 カドレル郊外の寂れた墓場にアランは青年の手によって横たえさせられた。
傍らのまだ新しい灰の入った小壺から幽かに煙が出ている。
娘はそれを慎重に手に取り、その煙をかぐ。
「これ、ですね。この子に少し付いていた薬草の香りは」
「死霊術だろ?」
 青年は茂みの中に隠されていた銀の短剣を拾う。
「なんで、この子が死霊術を?」
 傍の草むらに巧妙に書かれた死霊術の魔法陣を娘は羊皮紙に書き取り、青年に渡した。
「死霊術だが、死霊術じゃない」
 青年が不敵な笑みを浮べる。その様子に娘は首をひねった
「聖職者も時として使う死霊術だ。『死霊返し』とでも言っておこうか。
同じ薬草を使うからな、間違えやすいんだ。―――なかなかやるじゃないか、この小僧は」
 彼はそう言いながらアランの横に膝をついた。アランがその腰につけていた袋を勝手に開き、漁る。
「ここでずっと自分のなけなしの聖力を練ってこの『死霊返し』を完成させようとしていた。
あと少しで本当に完成するぞ―――今も少しずつ効果を見せているし―――これでいい」
 青年が取り出したものは、グロリアと交換した《シンカの望み》だった。
「そのピアスを取ってくれ。始めるぞ」
 彼の手の中で《シンカの望み》は黄金に輝きだした。


 グロリアは居間に見慣れない者達が数人居る事に気がついた。
そこにアドルフが何かを話している。一人一人を指差し、身振りを大きく演説をしていた。
「お兄ちゃん、どちら様?」
「ああ、グロリア。僕の友人だよ。今大切な話をしているんだ。
ローザさんとどうやって儀式を執り行うのか話し合っておいで」
「うん……」
 グロリアは首を傾げた。
男爵が友人にするには、余りにも荒々しい男ばかりだ。
お兄ちゃん、元々平民出だからそんな人も大切にするんだろうね。
ローザの所に行こうか? 先ほどまで居たが集中力を養いたいと、部屋を追い出されたばかりなのだが。
「お兄ちゃん、今のうち魔法陣引いておきたいから、部屋を一つ貸してくれない?」
「それなら……二階の中広間を使うといいよ。
入り口が幾つかあるから道具も運びやすいだろうし、悪魔を追い込みやすいだろ?」
「そうだね。あと、銀の燭台と銀の短剣、塩を入れた小さい壺と赤ワイン一本。
一巻の真白な羊皮紙ちょうだい」
「……用意してなかったのかい?」
「短剣はアランが何処かに持って行っちゃったし、羊皮紙はシワがついてたから使えなかったの。
他は、その家の人が調達しなきゃ意味が無いんだよ」
「分かった」
「安心してね、お兄ちゃん。他の必要な御香とか薬草、聖水は用意してあるから」
 アドルフは黙ったまま頷いた。
そこまで用意していない悪魔祓士が居たらそれは悪魔祓士でなく詐欺師である。
グロリアはそれを言うとさっき下りた階段を引き返した。
片手の本が気になる所だが、兄は目をつぶって今見たモノを記憶から排除する。
「さてと」
 彼は言った。
「頼むよ、君達」
 男爵は、男達と同じ表情を浮べた。


《シャランテーゼ・カドレルの悪魔》
「お姉ちゃ――――ん! おね―――ちゃぁあんっ」
 うなされるように、シャランテーゼは叫んだ。
昼間は眠り続け、時にこの様に叫んだりしている。
食事も取ることができず、シャランテーゼは初めてグロリア達にあった時のような柔らかな姿ではなく痩せ細り、髪に美しい艶も無く骨と皮だけのような容姿となってしまった。
手を握っても、その手は死んでいるかのように冷たく、握り返さない。
グロリアはシャランテーゼの手を握ったまま悪魔祓いの儀が成功する事を祈った。
「絶対、成功させるからね……」
 なんて、残酷なのだろう。
一体誰が、この幼い子供の体を使う事を考えたのだ?
許せない。
悪魔も、その人間も。
「お姉ちゃん……。シャル、恐い……」
 眠りつづけてから初めて、いつの間にかシャランテーゼの目が、少し開きグロリアを見ていた。カサカサとした頭を撫でてやる。
「シャルがね、シャルじゃないの……。恐い――」
 恐い、恐いと繰り返し泣きじゃくるシャルランテーゼは間違いなく本物のシャランテーゼだ。
「大丈夫だよ、あたしがついているから……」
 グロリアは不安を覚えた。
自分は悪魔に襲われた事があるだけ。とり憑かれた事は無い。
どこまで、シャランテーゼの気持ちが自分には分かるのだろう? 
自分が居るから大丈夫だなんて、何処から言える言葉なんだろう。
新米の自分に、祓人としてパートナーが裏切った自分に何が出来ると言うのだ?
「お姉ちゃん……?」
「何でもないよ」
 彼女はシャランテーゼの頭をもう一度撫でると立ち上がった。
「水を持ってくるね。喉が渇いたでしょう?」
 シャランテーゼは静かに頷いた。


 銀の水差しに水を入れ、グロリアが階段を上っている時だった。
何かが割れる音がして、悲鳴が上がった。
「シャル!」
 手にしていた水差しが手から離れ、ひどい音を立てて転がるのも気にせずに彼女は走る。
ローザも何事かと部屋から飛び出た所だった。
「どうした!?」
「シャルの悲鳴が!」
 扉は固く閉まり、ひどい泣き声が響く。
「シャルがシャルでなくなっちゃうよぉ! 
恐いよぅ、シャルじゃないよぉ! シャルじゃないのは嫌ぁああああっ」
 再び何かが割れる音がする。
「シャル!」
「まだだ、グロリア!」
 扉のノブに手をかけるグロリアの腕を掴み、ローザは強く静止を命じた。
「でも、シャルが危ないじゃないですか!」
「罠だ。あれはシャランテーゼじゃない。さっきあなたはあの子と接触していた。
その時何と言った? 自分が自分でなくなると言っていたはずだ。
衰弱しきった子供が、ここまでの声を出す事が出来るかどうか常識で考えろ!」
「……それでも、あたしはこの扉を閉めたままには出来ないんです―――」
「それは―――」
「先輩はあたしを助けた時、あたしの中に悪魔が居るかどうか考えましたか?
あたしが罠かもしれないって?」
「……」
 グロリアはノブを回した。強風が、グロリアに直撃し彼女を吹き飛ばす。
人形のように廊下の壁に叩きつけられる。
「きききっ」
「ちょっと、早いけど―――儀を執り行ってしまいませんか?
あたしはこれ以上シャルが衰弱するのを見たくないんです・……」
 ローザは、後輩がそう言うのを聞き届けると聖印を切った。
グロリアも、何とか立ち上がり同じ聖印を切る。
「[空の咆哮、大地の嘆き、風の綱にて捕縛させ給え!]」
「[空の怒り、大地の悲しみ、炎の環より動きを封じさせ給え!]」
 二つの封魔の祈りが形をとりシャランテーゼを囲むが、伸びをするようにあっさりと打ち破られた。
「どこに魔法陣を?」
「中広間です!」
「そこまで下がれ!」
 二人は背を向けて走り出した。シャランテーゼも力がみなぎる為か周囲の壁を引き裂き、傷つけながら追う。
細いその体が本物のように哀れに変形している。
「キゥマ・シーヴォ、封壁」
 ローザは階段口に一本鎖を投げた。それが青白く光り、障壁となる。
両手を両側の壁に伸ばしながら追うシャランテーゼの左手が異様な音を立てて焼けついた。
「ぐおぉっ」
「こっちだ、愚か者めっ」
 更に挑発し、ローザは中広間に飛び込んだ。グロリアも続くとシャランテーゼも飛び込む。
「わっ」
 グロリアが飛び込むと扉のすぐ横にローザの手によって引き込まれる。
悪魔がそのまま魔法陣の中に飛び込んだ瞬間を逃さず、彼女の凛とした声が響く。
「[天の理、地の法、正義にてこの者に許しを与え給え]」
 グロリアが召喚したものよりもはるかに大きい光の剣が魔法陣にシャランテーゼの身体を縫いとめた。
「応急的にはこれでよいのだ。さあ、儀を始める。男爵を呼んで来よう。
娘のための、実妹の儀であるのだから」


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