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死霊の館 2

T.The Beginning Of The First Adventure

 今日の魔法道具屋『だんでぃ・らいおん』はいつも通りだった。
 ちょっと珍しかったのはごそごそと倉庫(物置)を片付ける―――むしろ、倉庫を漁っている店長が姿がある事だった。どうせ私が片付けるんだからそんなにわしゃわしゃ漁らないでほしい……。
小さなため息とともに居間に降りていく。
「あー、あった。あった」
 そのうれしそうな言葉とともに『何か』が崩れる音がした。
それは決定的で、破滅的だった。石造りのこの貸家が揺れるほどの衝撃だった。
「て、店長!?」
 私があわてて階段を上ると倉庫からはもうもうとホコリと煙が立ち上っている。多分煙は魔法道具の摩擦で生まれたやつに違いない。思わず服の袖で鼻と口を覆ってしまうほどの煙の中、店長は平然と、満足げに立っていた。
「……煙くないんですか?」
「オルヴ」
 店長の手には黄ばんだ羊皮紙が一巻き握られていた。
「片付けといて」
 左手の親指で倉庫を指すとご機嫌のまま、私に目もくれず階段を軽快に下りていった。煙が収まりかけてきた頃、見えてきたのは無惨な光景だった。
「……」
 どっかの文献で、『片付けられない病気』ってあった気がするなあ……。
「あーっと。ついでにこれ、探しといてくれ!」
 階下から店長の声とともに飛んできたものは私の頭をかすめて壁に突き刺さった。
ダーツのような軽く気持ちのいい音がした。多分、頭をかすめなかったら凄いって拍手出来たんだろうな。
「って……」
 私は投げられたものを見て絶句した。
メモを突き刺して飛んできたもの。
「ほ、ほ、ほ、ほ、包丁!?」
 大型ナイフ並みにでかい肉切り包丁が、白いメモを壁に縫い止めていた。
ごくん、と喉が詰まったようになる。
こ、これが……頭をかすめたんだよねっ!?
へにゃ、と膝から力が抜けた。
ぺたん、と座り込んでしまった。
「早めに頼むぞ」
 よっぽど急いでいるのか、ばたばたという足音と共に店長の研究室の扉は結構な勢いで閉じた。
なんとか立ち上がってメモを手に取って倉庫に置いておいた帳簿を開く。
「え、えーっと……」
 照らし合わせようとしたとき気づいた。
ここまで倉庫が散乱してるんだから帳簿使えないじゃない!
「くっ」
 片付けるしか無いらしい。
涙が目に滲んだのはきっと、ホコリまじりの煙のせいじゃ無いだろう。

 しばらくして大体片付けた私は、倒れても割れなかった姿見を元あった位置に立てかけた。滅多に磨かれない姿見は、魔法道具とはいえ少し曇っている。
その中に、私が映っている。
鏡の中の少女を見ていると、私が虚像なのか実像なのか分からなくなってくることがある。特に曇ってしまった鏡面では、霧のカーテンを一枚隔てたような距離で感じる。
 私は小さい頃から鏡の中の自分に「あなたは誰?」と問われている気がする。
その時、私は声を出す。
「オリヴィア。私はオリヴィア・ジェニアン」
 そうするとすっと心が落ち着くのだ。
様々な事が渦を巻いて鏡の中に吸い込まれていく感じがする。
私は両親に5歳の時、この『だんでぃ・らいおん』の店長リッシュ・ライオンに預けられた。父はこの国、ファリデリアの王室第一精鋭小隊隊長の父ルスティアス、母エスタリアは治癒士第四隊準長だ。
 ここに来てからしばらくの頃、私は両親に捨てられたのだと思っていた。
今はちがうことを知っているけど、この街の質の悪い大人たちに「お前の両親は反旗を翻したのだ」と言われたときはずっと泣いていた。でも本当は私の両親は王の命令で『大地の昏き臥所』に行ったのだ。
店長は調査に赴いたと言う。
未だ、もう11年経つが帰ってきていない。
店長は『大地の昏き臥所』は時の流れが違うと言う。
だから私は望みを捨てないでいる。
また、両親に会う日を夢に見ている。
 鏡の中の少女の目に光るものがあるのに気づいた。
やだなあ、思い出して泣く事なんか無いのに。
さあ、片付けちゃおう!
 一時間後。
全て綺麗に整理してあったはずの倉庫を片付けた私は一振りの剣を持ったまま途方に暮れていた。細身の、それでも芯のまっすぐとした綺麗な剣だ。
装飾は柄にはまった碧の石だけて至ってシンプルだけど凄く綺麗。
でも、倉庫の帳簿には記載されてないんだよね。
 片付けようとどこに入れても浮いてしまう。
木箱と木箱の隙間に入れようとしたけど大き過ぎてしまうし、かといって広めのところに入れたら収まりが悪くてパタン、と倒れる。帯に短したすきに長し。
「頼んだの、まだか?」
 聞き慣れた声、見慣れた鮮やかな金の長髪が階段を上ってくる。
「店長、これが―――」
 私は剣を見せた。
「どうしても収まりきらないんですが」
「そりゃそうだ」
 店長はこともなげに頷いた。
「ついさっき仕入れた奴だからな」
「……ちゃんと帳簿につけておいてくださいよって何度も言っていると思いますが?」
 私はため息をこらえながら言ったが、やっぱり店長はけろりとしている。
「書かないよ。それはお前に贈る奴だからな」
「はあ。贈り物ですか。どちらに配達するんです?」
「ナイス・ボケ。10点マイナス」
「う……」
 最近、給料(お小遣いとも言う)は点数制。
私はそれ以上失言して店長の怒りを買わない事を選んだ。
「オルヴに、だろうがよ。ランスロットのところに行ってんだから、剣を使えないってことはないだろう」
 今一瞬、意識が遠のいた。
剣を私にってかなりうれしくない。だって―――
「これで、魔法道具の材料集めの手伝いをしてもらえるってわけだ」
 ―――やっぱり?
魔法道具の材料の大部分はモンスターとかの奇妙珍妙な動植物だ。そんなものを集めるには当然冒険者が行くような旅にでなきゃいけないわけで……。
ランスロット、このオレトの街と城下ソアルの間に横たわるウェグリオの森に一人住む元傭兵という私の剣の先生は3年前、ついうっかり口を滑らせてしまったと言っていた。
曰く、<オリヴィア(私)はオレト一の腕前を持つだろう>と店長に言ってしまったらしい。褒めてくれるのはうれしい。
でも、そんなことは出来る限りやりたくない。
そんな旅、危ないし怖いもんよ。
だって、あれは去年だったかな?
 店長は店長の友人ジョアンさんと一緒に港町セヴランドまでヘラクレス・オクトパスというタコ狩りに行ってきた。タコとは言え、半端じゃない大きさだということは吸盤を見れば分かる。吸盤の一つなんか私と同じくらいの大きさがあった。
そんな化け物なんかとなんて絶対戦いたくないし、いくら他のだって危険は変わりない。自分から死ににいくようなマネ、したくありません。
だから、この3年間、店長が旅に出るというと私はずっと逃げてきた。
武器が無い、とか、学校がある、とか、友達と約束が、とか。
学校はもう行ってないし、これでもう「武器が無い」っていうのは理由にならない。
もう、逃げ場がなくなってしまった……。
「まあ、行けば楽しい事もあるんだ。今度はちょっとした迷宮、というか館みたいなもんだ。野宿もそうないはずだからな。行こう」
 迷宮!? 嫌です。
「あ、あの〜、私店番してますから……。大切でしょう? だって仮にも魔法道具屋だってお店なんですし―――」
 店長はそっと微笑んだ。
「うだうだぬかすな」
「―――!!」
 ……なんかね、素敵な音が聞こえたよ。
ぱかーんって、素敵な音が景気よく……。
すぐさま意識は遠のいていく。
ああ、包丁の柄が幾つも見える……。
「この館な、生きてるっと有名なんだわ。ま、平気だろうがね」


 パチパチと火がはぜる音で、私は目が覚めた。
火の熱が当たっていた頬は凄く火照って熱い。
火の粉は暗い空へと舞い上がって固定されて輝く―――って星!?
「野外!? さ、寒いっ」
 冷たい風が首を撫でていって鳥肌が立った。
寝袋に包まれていたし、上から布が掛けてあったけど起き上がった拍子にずり落ちて骨まで凍りそうな寒さに首を竦める。
「起きたか」
 火の向かい側では店長が乾いた枝を小さく折っては火にくべていた。
細い長身を今はマントとコートに包んで膨らませている。
いま現在、冬と春の境目。限りなく春に近いとは言え、夜はまだ凍える。
私はあの時何が起きたのか思い出した。包丁の柄で後頭部を思い切りに殴られたのだ。
そっと頭に手をやるとびりっとした痛み。
こぶが出来ていた。
「~~~~~~~~~~! 何だって私が危ない旅に出なきゃ行けないんですか!? 冒険者組合に問い合わせたら何人だって居るでしょう?」
「金がかかるだろ?」
 店長はこともなげに言った。正論な気もする意見だけど、ここで引き下がるわけにはいかない!
「大体店長自身が魔法士なのに、街の格闘技大会連続優勝記録保持者じゃないですか! 盗賊のウェスターさんから『兄貴』って呼ばれてるほど手先は器用だし、私の出る幕じゃありません。それに! 私は―――」
 不意に私はここから先は言っちゃいけない気がした。
「私は、戦うのなんて嫌いです! 怖いし、傷つけて、奪うことなんかしたくありませんっ」
 店長の亜麻色の目が、火の加減か、ぞくりとするほどの光を放った。
「ほう……。それで?」
 私は、喉の奥に引き込んでしまった言葉を引き出すのに集中した。
店長から、目がそれてしまう。
嫌だ。
店長が、別人のように見える。怖い。
「だっ、だから……だから帰りたいんです。帰らせてください!」
 店長が口を開くまで、恐ろしく長い時間が流れた気がした。実際には、返事が来るまではほんの少しの時間、くべられた木が2、3回はぜる位の時間だけなのだが私は店長の視線から逃げようとしたが身体を動かす事は出来なかった。
「なら、帰れ」
 え……?
「そこまで言うなら帰れ。これ以上強要する気はない。だが、忘れるな。今までお前が生活するために幾つもの何かが犠牲になってるってことをな」
 店長は私に背を向けた。氷の入った冷水を浴びせられたように私の胸はひやりとした。今まで、確かに店長が作った魔法道具を売って生活してきたのだ。
その魔法道具は、どこかの動物や植物を材料にしている。
いや、魔法道具だけじゃない。
滅多にしか食べれないけど、食用の肉だって、鳥や牛、羊、豚の肉じゃないか。
生きるために、他のが犠牲になっている。
そうか……。
 店長は、これを教えようとして居たのか……。
「て……」
 私は店長の髪を留めているものに気がついた。深い青の髪留めは、店長の長い髪をひとくくりにまとめている。火の明るい光に当てられて、黄金の髪はそれ自身が淡い光を放っているように見える。
この青い髪留めは、木の髪留めに私が気に入っていたハンカチを貼って作った奴だ。
私が店長にあげた奴だ。
「帰るんだろ。帰れよ。道ならお前を引きずってきた跡をたどればいい」
 店長は立ち上がった。私に商品の一つ、光虫珠を押し付けると自身の荷物をまとめ始めた。水晶玉のような光虫珠は火とは違う透き通った白い光を中にともし放ち始める。
私は……。
私は、荷物をまとめ始めた。
結構使い込んだ朱色の背負い袋に食料とロープ、火打石とタオル。
ちょっと強いお酒の入った水袋。(これは気付、麻酔や消毒に使う)
手鏡、なめした革が入っている事を確かめた。
私は、背負い袋の陰に隠れていた新品の鎧を見つけた。
光虫珠の光の下で輝いていた。
薄い鉄板としなやかななめし革で出来た軽量の胸部鎧と、手甲、脛当てには、いつも私にくれる贈り物と同じ花の模様が刻まれている。
私は、この五枚の花びらの花模様のナイフと短剣を持っている。
7歳と12歳のときから店長からもらったものだ。
気絶していたときに作ってくれていたに違いなかった。
 着る時ですら音を立てる事なく、私の身体によく馴染む部分鎧。
手甲は肘までのグローブの形をしていた。
なんて、動きやすいんだろう。
脛当てを留め終え、脛当てにつけられたホルダーに短剣をはめ込む。
もちろん、この短剣はたいていいつも身に付けているやつだ。
頭を保護するためのターバンを巻いた。これは剣の先生の所で教えてもらった頭の防具の中で一番私に使いやすかった。
私はあの細身の長剣と印をつけるための白墨の粉の小袋を腰に携えて店長に向き直った。
「店長」
 こちらを見ていないけど、何を言うか待っている気配がする。
だから私は言った。
「行きましょう」
 店長の厳しかった目は軽く動揺していた。それでも咳払いで平静を保っているように見せようとしている。
ちょっとだけでも驚かせてうれしいな。
私も、少しは我慢しなきゃいけないに違いないし。
店長はゆっくりと口を開いた。
「帰るんじゃないのか? 嫌なんだろう、略奪するのが」
「生きるためのラインから先は超えるつもりはありません。それに、道具を作る以上の物を、今まで店長だって取ってきてないでしょう?」
「怖いって言ってたじゃないか」
「そりゃあ、怖いですよ。すごく怖いです。でも、店長一人だったらきっと無茶するでしょ? 無理して怪我をして帰ってきてほしくないので」
 店長は「いい度胸だ」と冷たく言い放った。
でも、顔が笑っている……。
ん?
なんかおかしいな。
この顔、っていうか表情って―――アレだ!
あ、悪魔の微笑み……っ!
「じゃ、頑張ろうな」
「あ、あの、やっぱりちょっと帰りたいかな、なーんて思っちゃったりするんですが……」
「気のせいだ」
 逃げようとする私の襟首を掴み、私を引きずったまま店長は巨大な館の巨大な扉、巨大なノッカーに手をかけた。
黒々としたシルエットが星明かりに照らされて夜空に浮かび上がっている。
そのなかで一際目に入るのは、よくある魔除けの悪魔の像。
光の加減か、闇に腰掛けている生きた悪魔に見える。(悪魔を生きていると表現するのか分からないけど!)
その像から目が離せない。
頭がくわんくわんと痛くなるほどの冷気。
「て、店長……」
「却下」
 ごぅん、ごぅん、と胸の奥の心臓まで震え上がらせる重い音が空気を揺さぶった。
地の底から響いてくるような、大男の悲鳴のような音を立てて、素材の分からない黒い扉は開く。扉の向こうには誰も居ない!
「いや、ほんとごめんなさい。ウソです。冗談です。帰らせてぇ――――――!!」
「もう言っただろ。却下だ」
 気づけば夜は白みはじめ、濃紺の夜空は紫、そして東がオレンジがかった赤い空へと変貌し始めていた。
悪夢の幕開けだった。

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